第12話_精霊の泉

 わたしは走っていた。整備された道を外れ、森の中を木々の間を縫うように移動しているためスキル[縮地]を使えないのがもどかしい。それでも、そんなことを考えるよりも少しでも早く着けるように移動に集中した方がいいと、焦る気持ちをなだめる。……ああ、もう。なんでミツキあいつは厄介ごとを抱え込みたがるかなあ。


***


 全行程の半分程まで来たとき、前方の方で戦闘のようなものが起こった。よく見ると中型の鳥型の魔物が飛んできているようだ。こんなところに飛んでくるなんて余程物好きな魔物なんだろうなと、気にも留めていなかったのだが、攻撃の間隙を縫って確実にこちらに近づいてきていた。そして、その姿が確認できると攻撃が収まった。第二王女ミツキ・ド・フエンテの使役魔物ロロだった。

 ロロは真っ直ぐにわたしのもとへと飛んで来――


「ロロっ!」


――る前にわたしは叫んでいた。ロロは列を外れたわたしの頭上で制止し、そんなロロにわたしは続ける。

「ミツキは! 無事なんでしょうね! というか、あんたなんでこっちきてるのよ!」

半ば叫ぶように問い詰める。

「……アカネ様。早くお逃げください」

ロロは質問には答えずに、それだけを告げた。

「――!……何があったの」

ロロのただならぬ雰囲気を感じ、わたしは感情に任せて吐きそうになった言葉をすんでのところで留め、ロロから事情を聞くこととした。

 ロロからもたらされた情報を整理すると――


1.防護壁は破壊され、防衛線は突破された

2.鋼竜はダマスカス鋼を取り込んでいてダメージを与えられない

3.騎士団はすでに撤退戦をしている


――ということになる。この情報を聞いた冒険者の中からは撤退を決めた風な声が上がっていた。そして、わたしは言った。

「……それで?」

今の中にはわたしが欲しい情報はなかった。わたしは続きを促す。

「それで、ミツキはどこにいるの?」

「……アカネ様は逃げて下さらないのですね」

ロロは逃げて欲しいというが、ここで逃げるくらいならそもそもここまで来ない。連れ帰る以外に選択肢などない。

「あたりまえでしょう。勝手にパーティ宣言したくせに単独行動したんだもの。……絶対に会って文句言ってやるんだから」

「……アカネ様は『渡り人』でいらっしゃいます。パーティでしたらこれから探されてもよろしいのでは?」

渡り人とはこの世界での転生者たちの呼び名だ。転生者たちは総じて特別な能力チートを持っていることが多いのでどうしても区別されてしまう。そして、ミツキたちがわたしのことを転生者であることに気づいていたことに驚く。


――パーティ、か


 わたしもなぜここまであのお姫様にこだわるのかはわからなかった。以前のわたしならわずらわしいと言って一緒に行動することもしなかったはずだ。ただの気まぐれ? それとも他になにかあるのだろうか? わからない。わからないけれど、ここであいつを見捨ててしまえば目覚めが悪くなることだけは間違いない。そしてなにより、気に食わない。

「今更それを言うの? ……もういいから早く案内して」

わたしは話を切り上げようとする。ロロが言っていたことからしてミツキがまずい状態にあるのは間違いない。急がなくては手遅れになりかねない。こうしてロロが来ているというのはそういうことなのだろう。

「……できません。ミツキ様にはアカネ様に逃げていただくよう説得するように言われていますので」

ロロは言った。が、わたしにはそんなことは関係ない。ただ、ミツキを見つけて文句を言ってやるだけのこと。

「あんたは使役魔物でしょう。主人の身を案ずるのが使命でしょうに。こんな所で油売ってる暇はないんじゃないの?」

「……わかってくださるのでしたら、ここでひいてくださりませんか。わたしは急いでミツキ様のもとへ戻りますので」

「あんたが行ったところで何も変わらないんじゃないの? それよりも、わたしが行って説得した方が考えを変えてくれるとは思わない?」

「……」

「今のままだと、あんたが見るのは主人の死に顔よ。判断は早い方がいいと思うけど?」

「……わかりました。案内します。……ミツキ様のことをお願いします」

「あたりまえでしょう。こんなところで死なせてあげないから」

無事に説得が終わり、ミツキの元へと向かうのだった。


 ロロに連れてこられたのは森の中にある湖だった。常であれば神秘的な印象を受けたのだろうが、今は呪いの影響か、寂れた雰囲気を感じさせた。でも、そんなことよりも思うことがあった。

「寒い」

そう呟く声が白く煙った。ここまで来る間にもどんどん空気が冷たくなってきていた。森の中だからとか、行く場所がそうなのかとか考えていたけど、そもそもこの国は大陸の最北端。北は北極海に面する。この土地本来の寒さが戻って来つつあるのだろう。本当に精霊の加護がなくなるということは、この国にとって致命的のようだ。

「それに加えて暗い。……これも精霊の加護だったのね」

南に山脈がそびえるこの国では太陽は朝夕にしか見ることはできない。昼は山脈の陰に隠れてしまうためだ。それでも暗いと感じたことは一度もなかった。この国で当たり前のように感じていた、実は当たり前ではないものというのは意外と多いのかもしれない。それでも、失ってから気づくのでは遅すぎる。



***


 わたしは少人数の護衛を伴って[精霊の泉]に来ています。アカネさんには伝えてはいませんでしたが、わたしの光魔法の回復系統はかなり揃っています。アカネさんに出会うまでは毎日、教会で冒険者の方々を相手に治癒を行っていましたから、治癒の魔法のスキルレベルだけは順調に伸び、幾つかのスキルも習得していたんです。アカネさんは一度も怪我をしませんでしたからたまたま出番がなかっただけです、と誰にともなく言い訳をしてみます。

 そんな光魔法には解呪を効果に持つものも含まれています。残念ながらわたしのスキルレベルでは鋼竜に掛かっている呪いは解けませんが、精霊に対する影響の軽減くらいはできます。あの呪いの解呪ができる方と言えば、わたしが知っている中では教会のシスター・エリイでしょうか。神父様やほかのシスターも使えるかどうかはわたしにはわかりません。あるいは冒険者の中にいらっしゃるのかもしれませんが、やはりわかりません。けれど、解呪できれば、無理に討伐する必要はなくなります。呪いの被害に比べれば鋼竜そのものが及ぼす影響は大したことはないと言ってもいいくらいなのですから。その解呪の間、呪いの影響を軽減するためにここ[精霊の泉]に来たのでした。建国当初からずっとこの国を支えてきた水の精霊を守るために。


***


 ミツキは騎士に取り囲まれるようにしていた。騎士は護衛のようで周囲を警戒しているようす。ミツキはどうやら魔法を使っているようなのだけれど、わたしにはよくわからなかった。ただひとつ確かなのは間に合ったということだった。

「ミツキ!」

茂みを飛び越えるとスキル[縮地]を使い護衛の裏、ミツキの隣に移動する。その間にあるのは幅数十メートルの水溜り。わたしの障害にはなりえなかった。

「え、あ、アカネ、さん……? どうして?」

ミツキが混乱しているようだけど、そんなことには構っていられるほど、わたしも余裕がある訳じゃなかった。

「どうしてって、あんたね。あんたがパーティを宣言したんでしょ! それなのにわたしを関わらせないようにしてあんただけここに来るってのはどうゆうつもり。単独行動がどれだけ迷惑かけるか、わかってないわけじゃないでしょう」

わたしは溜まっていた感情を吐き出すように一気に捲し立てた。いや。実際に感情を制御出来ていなかった、と思う。言ってから少し感情的になった、と自省する。

「ごめんなさい。アカネさん。ですが、これはわたしの仕事です。アカネさんを巻き込むわけにはいきません。アカネさんは駆け出しの冒険者なのですから、早く安全なところに逃げてください」

ミツキは苦しそうに言った。

「……そう。なら、あんたはあんたの仕事をやっていればいいわ。わたしはわたしでやることがあるから」

説得なんてしない。これからすることにはなんの関わりもないからだ。

「え? やること、ですか? それは、一体……」

ミツキはキツネにつままれたような顔をしていた。

「こんなところで死なせてあげないから」

わたしは言った。

「え? ――!? あの! だから――」

「――残念だけど、もう手遅れみたいよ」

ミツキは一拍遅れて気づいたようだ。わたしはミツキの言葉を遮ってタイムアップを宣言し、視線を森へと向けた。その視線の先で次々と木々が倒されていって――


――鋼竜が現れた

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