第11話_防衛戦
ようやく街を出発することとなった。その待ち時間、あの剣士の男――ケルビンという――からさまざまなことを聞いていた。そしてわかったことは、今回の討伐の意味がよくわかっていなかった、ということだった。
昨夜の時点で、情報として「呪われた鋼竜である可能性が高い」ということがもたらされていた。
そのうちのまず、鋼竜の方だが、これはなかなか厄介なようだった。竜といっても東洋の「龍」のようなへびの形ではなく、西洋の「ドラゴン」のようなとかげの形をしているらしい。
他になにかあるかといえば、魔法のうち精神干渉などの攻撃は普通に通る。鋼竜の呪いはほぼ間違いなくこの精神攻撃だろう。ただこれが、人間の[呪術師]によるものなのか、魔王軍関係者によるものなのかはまだはっきりしていない。が、どちらにしろ、今はまだ姿の見えないドラゴンを排除することに専念しなくてはいけない。
そしてもう一つの情報――呪われているということがもつ、事の大きさだが、これはわたしの予想を遥かに超えたものだった。
***
――アカネさん、怒るかな。
こんなところに来て考えることが一人の少女のことだというのが自分でも意外でした。出会って一週間程のつきあいだというのに、あの少女は思いのほか自分の深いところまで入り込んでいたようです。ですが、それも当たり前なのかもしれません。なぜなら、わたしが憧れ続けた冒険者の夢を叶えてくれたのですから。一週間という短い期間でしたが、とても楽しく幸せな日々を過ごせたと思います。泉の森へ冒険して、[森ウサギ]を狩って、一週間というありえないほど短期間でレベルアップも経験することができました。ずっとできないと思って半ばあきらめていましたからとても驚きましたし、うれしかったです。もっと旅とかいろいろしてみたいと思うことはありますが、わたしには過ぎた望みです。むしろ、これだけのことが叶ったことに感謝しなくてはいけないくらいです。
「ミツキ様、布陣が完了しました」
近衛のエクレールが報告をくれます。今回の防衛戦の現場責任者はわたしです。眼下に広がるのは国境線に敷かれた防護壁。わたしが今いる場所はそれにそって用意された防衛拠点となる監視塔のひとつです。ここから見える鋼竜の姿はまだ小さいですが、確実にこちらに向かってきています。派兵が間に合ったことにいまさらながら安堵します。でも――
――冒険者の応援は間に合わない
避けえない厳しい戦いに、杖を握る手に力が入った。
***
ここフエンテ王国は雨の降らない砂漠地帯にあった。はっきり言って人が住めるだけの水が手に入る土地ではない。それでも人が住み、森が育つのは精霊が必要な水を供給しているからにほかならなかった。そして、この「精霊」というものは呪いに滅法弱い。というのも、精霊の力は人間の善意に依存するところが大きく、森を
――放てっ!
わたし――エクレール――は全力で指示を出した。号令とともに、一斉に攻撃魔法が放たれる。わたしは第二王女の近衛だ。そんなわたしが指揮官を務めているところからして明らかだが、実を言うとここにいる兵は主力ではない。それどころか、各騎士団からの寄せ集めだったりする。主力は未だ王都に留まっており、こちらの戦況次第で行動を判断する。はっきり言って捨て駒なのだった。何故そんなことをするかと言えば、鋼竜が罠である可能性があると思われたからだった。「呪い」に背後にいるだろう黒幕の存在を意識せざるを得なくなり、安易に動けなくなってしまったのだ。
とはいえ、みすみす死んでやるつもりはなかった。場合によってはここで討伐することさえもありえるのだから。……さすがに希望的観測が過ぎるか。だが、冒険者の応援が来るまで持ちこたえられれば討伐の可能性は現実味を帯びてくる。今回の冒険者の招集だが、常であれば十分に間に合っていたタイミングで出されていた。けれど、今回は全く間に合わなかった。その理由だが、この鋼竜は当初の予想を遥かに超える移動速度で向かってきていたのだ。想定外だった。しかし、それでもわたしは生き残るため、全力で指示を出す――と、突然の衝撃と爆風にわたしは思わず腕で顔を隠した。巻き上がった土煙に視界が遮られるが、何が起こったのかは十分すぎる程にわかった。わかってしまった。
――ブレス
亜竜の数少ない遠距離攻撃のひとつ。そして、最も警戒しなくてはいけないはずの最大火力。こちらの目的は時間稼ぎ。攻撃の手を緩めて接近されることを避けたかった。せめて応援が来るまでは、まともにやりあわずにいたいと思っていた。そんな心理が目を曇らせていたようだった。
土煙が晴れてきて、視界が開けてくるとひどい有様だった。たった一撃で隊の半分が壊滅した。今まで数多くの魔物の侵入を防いできた防護壁も崩れていた。亜竜のブレスは真竜の半分に満たない程度の威力と言われているが、それでも防護壁を壊すには十分過ぎたようだ。そして向こう、再び姿を現した鋼竜の姿を見て言葉が出なかった。
――思うよりも傷を負わせられていない
というよりも、そもそも傷なんてついていないのではないか? そう思って相手を観察している――と、わたしは自分の目を疑った。
***
「え? まさか、あの模様って……、ダマスカス鋼!?」
わたしの目に、鋼竜の表面にダマスカス鋼特有の木目模様が浮かんでいるのがはっきりと映りました。そして、その事実はとても絶望的でした。ダマスカス鋼は全金属の中でもトップクラスの強度を誇ります。有数の名刀・名剣もこのダマスカス鋼で打たれたものが多いです。そんなものを相手にすること思えば、鋼の方がよほどかわいげがあります。
鋼竜がダマスカス鋼を取り込むというなどという可能性は想定されたことはありません。いいえ、想定されたことはあったのかもしれませんが、現実味が薄いと考えられていました。なぜなら、ダマスカス鋼が天然の金属でないからです。ダマスカス鋼は自然界にはなく、幾つかの鉱石を人の手で加工して創り出した金属です。それを自然界の、それも人の滅多に行かない僻地に生息している鋼竜が取り込むなんてことはおよそ誰も考えないでしょう。たとえ考えても、それを実際に相手にすることになるとは夢にも思わないはずです。まして、それが絶対に退くことのできない状況下でなどと。
それでも可能性はありました。冒険者の持ち物を食べて取り込むことは考えられて然るべきです。あるいは、術者が意図的に取り込ませることだって十二分にありえました。それでも――
――予見できませんでした
その代償が兵の、民の、そして精霊の命だというのなら、とてもではありませんが笑えません。それでも――
――わたしは
わたしはエクレールに指示を出した。
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