第10話_手紙

 もう、いつもどおりになってきた宿での朝食を食べるために一階へ降りていき、宿屋の店主に挨拶をする。と、今日は引き留められた。カウンターに向かい、戻ってきた店主の手には一通の封筒があった。明らかに日常使いのものとは質の違うその封筒の差出人はというと――

「姫様から預かったものだよ」

店主が言った。

「姫様?」

わたしの反応が思わしくなかったのか、店主が少し説明をしてくれた。

「ん? 嬢ちゃんは姫様の紹介でここに来たんじゃなかったか? フエンテ王国の第二王女、ミツキ・ド・フエンテ様だろ? 姫様御自身が持ってこられたぞ?」

さらりととんでもない爆弾を落としてくれたわね。頭が痛いのは気のせいよね。

 店主の言う姫様は、間違いなくミツキのことだろう。すると、第二王女が街どころか魔物のいる森にすら護衛なしで行っていることになるんだけど、いいのか。まあ、異世界だし。わたしの常識がそのまま当てはまるわけじゃないんでしょう。だけど、まあ、これでいろいろと納得がいった。

 わたしは会話を適当に誤魔化し、店主に礼を言って、手紙をアイテムボックスにしまった。朝食を受け取り席に着く。考え事しながらのご飯はなんとなく味気ない。あいつが余計なことをするからだな。うん。

 なんとなく少し急ぎ目に朝食を食べ、部屋に戻り手紙を開いた。そして、読み終わると同時に部屋を飛び出していた。


 ギルドに行くと既に人でいっぱいだった。それなりに広い建物で職員も総出で対応に当たっている様子だが間に合っていないように思う。たまたまこの時間に集中してしまったのかもしれない。が、これはまずい。ここに悠長には並んではいられない。手近なところにいたひとりに声を掛ける。

「ドラゴンの討伐よねっ! もう、出発していたりするっ!?」

ミツキは! と訊きたくなるのを堪え、すでに発ったグループがあるか尋ねた。あれば、そこにミツキがいる可能性が高い。無いことを願いつつ返事を待つ。

「あ、い、いや。討伐隊の第一陣は昼に出発するから、まだだ」

若い男性冒険者はしどろもどろになりながらも答えてくれた。

「そう。まだなのね」

ほう、と安堵の溜息をついて胸をなでおろしていると、他の冒険者が非情な情報をもたらした。

「ああ、いや。たしか王国騎士を中心とした先遣隊が夜明け前に出ているらしい。その中には数人冒険者が交じっているらしいぞ」

現実は無情だった。

「それは本当なの?!」

わたしはつかみかからんばかりの勢いでその声の主、大柄な剣士の男性に聞き返した。

「あ、ああ、いや。俺も人伝に聞いただけだからな。断言はできないが……」

「いい。ありがとう」

そう言ってわたしは少し思案する。ミツキはおそらくその数人に含まれるだろう。話によれば数時間前にはここを発っていることになる。わたしのステータスがどのくらいのものかはいまいち掴めてはいないが、スキル[縮地]を常時発動すればなんとかなるかもしれない。そうと決まれば急がなくては。



***


「……おい」

上から声が降ってきた。

「なに?」

わたしは突っ伏していた顔を上げる。声の主は先程会った剣士のようだ。

「いや、何があるのかと思ってな。理由がききたいだけだ」

そういえば言ってなかったな、なんてことを思う。率直にミツキあいつのことを訊くのもありだったのかもしれない。

「……そうね。あいつが――ミツキがどこにいるのかと思って、ね。訊いてみたのよ」

そう言って辺りを見回す。

「ああ、王女様か。そういや、今日は一緒じゃねえんだな。……なるほど、それでか。そう思った根拠は何かあるのか」

剣士の男が訊いてきた。

「あいつ、律儀に置手紙していったのよ。まるで遺言だったわ。勝手にパーティ宣言したくせに。こんなとこで死なせてやらないっての」

わたしは吐き捨てるように言った。

「ふっ。頼もしい限りだな。……ふむ、なるほど、手紙か。なら、可能性はあるか。……ところで、さっきはどこへ行ってきたんだ」

男の問いにわたしは言葉に詰まる。が、結局素直に白状することにした。

「あー、うん。……門にね、行ってきたのよ。追いかけようと思って。でも、今は閉鎖してるからって言われて通してもらえなくてね。それで昼の出発を待っている最中よ」

そう言ってわざとらしく大きく溜息をひとつ吐く。

 そう、ここはギルドに併設されている食堂だ。門まで行って帰ってくるとそこそこ人も少なくなっており、登録の手続きをすんなりと終えることができた。もちろん昼に発つ第一陣だ。そしてそれまでの時間を持て余しテーブルに突っ伏していたというわけだった。

「ああ、知らなかったのか。それは災難だったな。それで、どうやって追いつくつもりだったんだ。というか、そもそも行き方を知ってるのか」

ああ、剣士さん優しい! 笑わずにねぎらってくれた! でも、その質問は無しで!

「……知らない」

わたしは剣士の至極当たり前の質問に眼を逸らして答えた。

「……はあ、やっぱりな」

盛大なため息を吐かれてしまった。さっきはただ追いかけることしか考えてなかったから。どうやら冷静でなかったようだ。

「今回の移動は徒歩で半日の距離だ。おとなしくついていってもいいんじゃないか」

剣士の男は諭すように言った。わたしはおとなしくうなずくしかなかった。

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