第9話_異変

 今日はこの世界に来て七日目だった。朝食を食べるために一階に降りると宿の更新をするかどうか訊かれた。まだもう一泊分あるけれど特に移動する予定もない。もちろん、返事はイエス。他所よそに移る気はさらさらなかった。再び一週間の更新をした。

 この五日間はひたすらにうさぎを狩りまくった。おかげでわたしのレベルは「6」まで上がっていた。しかし、ミツキのレベルは一向に上がらない。ここまでくれば異常さには気づく。わたしがおかしいか、ミツキに経験値がいってないかのどちらかだ。というわけで、試しにミツキに少しレベルの話を振ってみると、最初のレベルアップは普通で一月くらい掛かると言われた。初日で「3」まで上がったわたしの方がおかしいのは間違いないだろう。いくら、常人の約七倍のうさぎを狩っているとはいえ。

 そんな頭の痛い問題を抱えながら今日も狩りをしているとミツキの様子がおかしいことに気がついた。

「ミツキどうしたの」

わたしは声を掛けた。常在戦場とまでは言わないものの、狩場ではやはり気を引き締めていてもらいたい。今のわたしが言えたものではないけれど。

「あ、アカネさん。あの、ギルドカードが」

ギルドカード? 言われて、わたしはアイテムボックスに投げ込んであるギルドカードを引っ張り出す。わたしはメニューコマンドがあるのでおよそ用がなかったが、この世界の人たちはこれでステータスを確認する。仕組みは秘匿されていて誰にもわからない。ただ、なんらかの魔法が付与されているのだといわれている。視線を手元に落とす。カードの表示は名前と職業のみ。身分証として用いるものなので、表示する情報は絞っている。……ん? 絞りすぎ? こんなもんじゃない? 

 これだけではわからないので他の情報を開示する。カードに職業レベルやスキル、魔法適性、所持金額など、個人情報がいろいろと表示されるが、特に変わったところは見られない。やはりよくわからず、ミツキに視線を向けた。

「レベルが上がったんですよ! こんなに早くレベルアップするなんて、すごいです!」

それはわたしのギルドカードではわからないんだけど? ミツキの言葉でミツキを調べてみる。この「調べる」もゲームのシステムからくる機能だった。たしかに目の前に浮かんできたウィンドウに表示されたステータスではミツキのレベルが「2」になっている。よかったね。おめでとう。ついでにロロも調べると、こちらもレベルが「2」になっていた。ウィンドウの端には[使役]の文字が出ており、使役魔物であることが明示されている。……というか、この差はなんなのだろう。おそらくではあるけれど、今のミツキが正常な上がり方だと思う。メニューコマンドが使えない本来の状態であれば、わたしもこのタイミングのレベルアップだったはずだ。この差を生むには獲得する経験値に差が生まれなければいけないだろう。しかしながら、わたしが狩ったうさぎの経験値だけでは説明がつかない。完全に水増し状態なのだ。そして、それについての心当たりはない。だから、他の要因を考えなければいけない。

 まず、入る経験値は同じと仮定してみる。すると、ひとつの可能性が浮かび上がってきた。経験値のゲージ幅が異なるというものだ。そして、これならば心当たりがある。一言で言ってゲームのときのままなのだろう。もしそうだとすれば、数字の重さが一桁違うこの世界での経験値の上がり方は、常人の十倍以上ということになる。そしてそれは今の現状と照らし合わせて不整合はなさそうに思う。……はあ。ふたつのルールを混ぜるからこういうことになるんだって。本当にとんでもないチートをもらったものだ。

「ああ、頭が痛い……」

思わず呟くと――

「治癒しますか」

「いらない」

またやってしまった。


 ミツキのレベルが「2」に上がると、直にわたしのレベルが「7」に上がった。ミツキは初めてのレベルアップが余程うれしかったらしく、お祝いをしたいというので、狩りを早目に切り上げ、街に戻ってきていた。ミツキのオススメのお店でディナーを食べる予定だ。……行かないはずだったのだけれど。

 今日はうさぎが三十六匹で七千二百プラタ。二人で分けるので稼ぎは三千六百プラタ。一日千プラタあれば生活できるというから稼ぎは十分といえるかもしれない。しかし、上のランクの装備を揃えたり、なにかあった時に備えたりすることを考えると、まだまだ貯蓄は十分でないように思う。が、これは日本人の性のようなものなのだろうか。

 ともあれ、この多量のうさぎの換金は、初めこそ驚かれたものの、今では日常に溶け込みつつあった。ちなみに、乱獲による資源の枯渇の心配はない。ギルドの魔物図鑑でもうさぎは、「繁殖力が強く根絶やしにできない魔物の一種」として名を連ねていた。その割にエンカウント率が低いのはなぜだろう。出会ってもすぐ逃げるし。一体何処に隠れているのやら。

 そんなうさぎの換金を済ませ、ギルドを出た。向かうは夕食のお店。いつもと違う時間帯に歩く街路は新鮮に映った。狩りに出かけた冒険者たちが帰ってくるにはまだ少し早い。メインストリートに並ぶ屋台は、腹を空かせた冒険者を待ち構えるべく準備をしていた。いつもの喧騒はまだない。けれど、決して静かではなかった。


――いつもの人たちくるかな。

――今日は何を狩ってくるのかな。

――不景気だって、愚痴をこぼしに来るだろう。

――そんなときもあったね~。


 そんな会話が聞こえた。街の営みは明るく平和だった。


 街の中心からかなり外れたところに位置する城のほど近く。そこに目当てのお店があった。このあたりは駆け出し冒険者ごときが入れるようなお店はほとんどない。稼ぎのいい上級冒険者をターゲットにしているためだ。そのため、値は張るが質のいいものが並び、飲食店も高級レストランといった雰囲気だ。もちろん入ったことはない。街の中心に城がないのはだんだん街が大きくなっていくにつれて中心が北の方に移っていったためらしい。そして、街道を今の位置に通したことによって街の中心は名実ともにギルドがある「あのあたり」となった、とのこと。

 料理は「おいしい」の一言に尽きた。食材は世界が違うのでよくわからないが、見事なフレンチのコース料理が出てきた。色鮮やかな前菜。季節のサラダ。ほっとするようなあたたかなスープ。あっさりとして食べやすいパン。メインは[ネオ・サラマンドラ](!?)の白身と[人喰い鳩](!?!?)の赤身。シャーベットにフルーツ、タルトとデザートもおいしかった。コーヒーもとてもよい香りがした。内装は絢爛豪華けんらんごうかというわけでもなく、落ち着いた、それでいて上品な空間に仕上がっていた。ミツキによるとやはりというか、料理人は転生者らしい。ここは王族もしばしば足を運ぶ有名店で、もともとこの世界になかった料理を出すことで人気を不動のものとした、とのこと。どうしてそんな店をミツキが平然と勧めてきたのか、どこで仕入れてきた情報なのか、など気になるところはあるものの、それ以上に、メインに食べた料理名にあった[ネオ・サラマンドラ]と[人喰い鳩]という単語がどうしても耳に残った。……それは食材でいいの? 食べたけど!


 火の精ともいわれる火とかげの新種が皿に盛られ、人を喰った鳩をさらに人が食すという衝撃の食事を済ませ夜の街道を歩いていた。今は多くの冒険者の上機嫌な話し声とそれを誘引する屋台の呼び声で溢れている――はずの時間帯だった。いや、実際多くの冒険者がいるし、屋台で食事をする姿もあるのだが、雰囲気がいつもと違う。常の楽しげな雰囲気はなく、なんとなく雰囲気だ。なにかあったのだろうか。ミツキの方を見ると、少し心配そうな表情を浮かべていたが、すぐにこちらに気付いて、疑問に答えてくれた。

「たぶん、大型の魔物が出たんだと思います」

そう言った後、補足をしてくれた。

「この街の南側には山脈があり、その山脈には大型の上級魔物が多く生息しています。その魔物が稀に平地まで下りてくることがあるんです。それを察知すると警戒情報を出して街の人に注意喚起を促します。するとこんな風になることがあります。明日ギルドへ行くと討伐への参加意思を確認されるかもしれませんが、駆け出しの冒険者は強制ではないので今回は参加する必要はありません。この街ではときどきあることですから。アカネさんが気に病むことではないですよ」

わたしは簡単に礼を言って少し思案するが参加はしないことを決めた。一足飛びに難易度を上げて、死んでしまっては元も子もないし、ミツキの説明では山に行けばいくらでもいるらしい。レイドなんかに参加しても窮屈なだけだ。それならば、ゆっくりと強くなるのを待ってから山に行って好きなだけ狩ればいい。

 そう結論づけて参加しないことを伝えるともうわたしの宿の前だった。ミツキはここから少し離れたところに住んでいるらしいのでここで別れる。宿に入ると食堂に宿泊客の冒険者たちが集まっていた。話題は例の噂でもちきりだ。少し話を聞いているとどうやら今回のは相当にヤバいらしい。


――えっ? 呪われた鋼竜? ナニソレオイシイノ?

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