第6.5話_アカネ

 その日は特に代わり映えのしない一日になるはずでした。朝は教会でお手伝いをし、お昼は自分の部屋で魔法の勉強、夕方は再び教会で怪我をした冒険者の人たちの治癒のお手伝い。そうやって変わることのない日々のサイクルが繰り返されるだけだと思っていました。そう、昼に彼女に会うまでは。

 その時は突然やってきました。教会での朝のお手伝いを終え、広場に差し掛かった時、誰もいなかったはずの場所に突然女の人が現れたのです! それを見て、一つの噂を思い出していました。いわく、この街にはときどき虚空から人が現れ、魔王討伐を掲げて冒険を始める、と。どこから来たか分からない、軽装で無一文の不審な人たち。それでいて勇者だの賢者だの、変わった適性を持つすごい人たち。そんな人たちがこの街にはよく現れていました。実際、その適性が表す通り、名の通った一流冒険者として成功した人たちばかりです。だから、わたしはこの女の人も冒険者としてすごい適性をもっていて、魔王討伐の旅に出るのかな、なんて思っていました。あわよくば、わたしもその旅に同行させてもらえないでしょうか、なんて……。

 しかし、彼女はというと、広場のベンチに座ってしまいました。わたしは呆気にとられながらも、彼女のことが気になってしまっていたので、離れたベンチに座ってしばらく様子をみることにしました。しばらくすると、彼女は虚空をつつき始めました。そして次第に、頭を抱えたり、額を押さえて天を仰いだりし始めて……。本当に何をやっているのでしょうか。

 さすがに心配になって声を掛けることを決めました。幸いにして治癒の魔法は得意です。さらにここは冒険者の国フエンテ。優秀な冒険者に対する支援はどこよりも手厚いのです。こんな来て早々、優秀なの彼女の身に何かあったのでは外聞が悪すぎます。半ば使命感に狩られつつ声を掛けようとして――。

「なに?」

彼女が先に言葉を発しました。しかも、とても不機嫌そうです。気圧されてしまい声が上手く出てきません。強面の冒険者さんとは何度も会話をして慣れていますが、なんだかこの人はそれとは違うプレッシャーを感じます。それでもなんとか会話をしようと試みます。

「あ、あの……。お身体の具合が悪そうでしたから、その……、治癒が必要、かと思いまして……」

どうにか言い切りました。すでに口の中がカラカラです。知らない人との会話ってこんなに緊張するものでしたでしょうか。

「身体?」

まずいことを訊いてしまったのでしょうか。彼女がすごくにらんできました。正直、恐いです。ですが、やはり体調は良くないのか見たところぐったりした様子です。ここで退くわけにはいきません。ここで退いたら日頃お世話になっている教会の皆さんに顔向けできません。ばっちり、営業ちゆを決めてみせます!

「はい。なんというか、なにもないところを指でつついていたり、宙を泳いでいたりしていると思えば、急に頭を抱えだしたり、額を押さえて天を仰いだり……」

覚悟が決まればあとはわたしのペース。先程はつっかえて出てこなかった言葉が嘘のようにすんなりと出てきました。

「も、もういいから!」

彼女はそういうと手で顔を覆いうずくまりました。わたしとお話をして疲れてしまったのでしょうか。そこまでひどかったとは。わたしの癒し手としての実力はまだまだのようでした。わたしは治癒の魔法をいつでも使えるように準備し、声を掛けます。

「あの、やっぱり具合が……」

「うん! 大丈夫だから!」

彼女はそう言って座っていたベンチから立ち上がりました。

 彼女はわたしより背が高く、わたしの顔が彼女の胸のあたりにありました。見上げると彼女の黒い瞳と目が合いました。年はあまり離れているようには思いませんでした。二十歳前でしょう。十代半ばかもしれません。彼女は背中にかかるくらいの長さの黒い髪をおろしていて、白いTシャツに青のパンツという軽装でした。虚空から出てくるのを見ていなければ冒険者をするとは思わなかったでしょう。

 彼女は特にふらつくということもなく、本当に問題なさそうに見えます。けれど、やはり先程の様子を見ていますから心配なものは心配です。

「あ、あの。本当に大丈夫ですか? 念のためにでも治癒の魔法掛けておきましょうか?」

わたしは彼女に問います。もちろん、わたしに魔法を使わせてください、というメッセージです。

「大丈夫だから。それで、せっかくだから少し訊きたいんだけど、冒険者ギルドの建物はどこにあるのか教えてもらえる?」

わたしのメッセージはあっさりとスルーされ、肩を落とし――


――はい?


まさかの彼女からのお誘いです! そんなの答えは決まってます!

「いいですよ。案内しますね」

わたしはしれっと案内を申し出ました。

「そこまでしてくれなくてもいいわよ。大体の場所を教えてくれれば自分で行くから」

彼女は遠慮しますが想定済みです。

「途中で何かあると大変ですから」

わたしの言葉にあきらめを漂わせつつ案内を快く受け入れてくださいました。

「はい。行きましょう、……えーと?」

わたしはまだ名前を訊いていなかったことに今更ながらに気付きました。

「アカネよ」

彼女――アカネさんはぶっきらぼうにも見える態度ではありましたが、名乗ってくれました。

「わたしはミツキです。よろしくお願いしますね、アカネさん」

わたしはそう言って、冒険者ギルドとは逆方向へと足を向けたのでした。アカネさんと少しでも長くいるために。


――冒険者になるという夢のために

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