第5話_宿
ミツキ――というか、ロロ――に連れられて着いたのは先程とは逆側、広場から北側に位置する一軒の宿だった。主張のないおとなしい看板には[精霊の集い]と書かれていた。これは自分で探して見つかったか怪しいと思う。ああ、こんなあっさりと着くなんて! ロロ、ありがとう!
「こんにちは~」
そんなわたしを
「おう。らっしゃい。……おお? これは姫様か。本日はどのようなご用件で」
宿屋の主の低い声が耳に届いた。わたしはドアをくぐり中へと入る。と、ワイルドなおじさまがいらっしゃいました! 宿屋の主といった気がしない。歴戦の戦士とかじゃないの? 引退して宿やってるとかだよね。きっと。
「お久しぶりですね、タツオミさん。ええ、今日はこちらのアカネさんに宿の紹介をしようと思って来たんです。いいお部屋が空いていたりしませんか」
ミツキがそんなことを言った。まあ、知り合いのお店を紹介するってのは常套手段だよね。
「ん? おう、そうか。姫様のお友達となりゃ、安くするぜ。といっても、そこらの安宿よりは高いとは思うがな。まあ、設備に見合った良心的な価格つうことで納得してくれや」
ああ、そうなの。うーん。……うん。ミツキを姫様と呼んだことは詮索しないでおこう。まさか一国の姫様が護衛もなしにひとりでで歩くなんてことはない……はず。そもそも、この国、あるいは街(?)が、王国制とは限らないし、なにかの愛称のようなものだと思うんだよね。うん。きっとお嬢様って呼ぶ代わりなんじゃないかな。来て早々に面倒事に関わっているなんてことはあって欲しくない。本当に。お願いだから。
……さて。宿の相場がどのくらいなのかは知らないから判断ができないんだよね。まあ、下手に安宿をとるよりは、多少高くてもここに泊まる方がいいだろう。話の内容からすれば高級宿に安く泊まれるっていう話だし……。問題はこの話が本当かどうかということと、もうひとつ。
「……わたしが払えればね」
結局はこれに尽きるだろう。
「ははっ! 違えねえ」
そう言って笑った後、宿屋の主は千プラタと呟いた。おそらく払えるか、という意味なのだろう。
「問題ないわ」
わたしには三万プラタの貯えがある。それに見合うだけの稼ぎがなければ一時の贅沢だったとして他所に移ればいい。そうわりきって一週間泊まることにする。
「とりあえず一週間泊まりたいんだけど、七千プラタでいいのよね」
そう言ってから気づいた。この世界の暦の一週間が七日とは限らないということに。それどころか、一週間という概念がなくたっておかしくはないかもしれない。
「お、おう。嬢ちゃん駆け出しじゃあなかったか? まあ、払えるっつーんなら、こっちとしちゃあありがたいが……」
どうやらこの世界の暦も一週間は七日あるようだ。心配事は
「ごほん。……ああ、それとだな。千プラタは素泊まりの通常料金だ。それを三食付きでこの料金。それでどうだ。もちろん、昼飯は弁当な」
もちろん、わたしに断る理由はない。これが実は破格な好条件だったことを知るのはもう少し先のことになる。
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