第3話_チャット

 ギルドに到着した。広場からまっすぐに行けば五分と掛からない距離だ。しかしながら、わたしたちはそこへ着くのに一時間以上を要した。なぜそんなに掛かったかといえば、ひとえにミツキのせい――ミツキは方向音痴なのだった。幾度も迷子になりつつ、結局通りかかった青果店の店員さんに道を訊いた。そのお陰でおもしろそうなお店もいろいろとみつかったので悪いばかりではなかった、……と思いたい。

 登録の手続きは問題なく済み、晴れて職業には[武闘家]、レベルは「1」と表示されることになった。[武闘家]にしたのは単純にゲームと同じ職業を選んだというだけのこと。下手に違う職業を選んで、慣れない戦闘で早死にするとかイヤだし。

 登録を終え、わたしたちは一軒のお店でお昼を食べることにした。お店の名前は『賢者の隠れ家』。一時間余りの迷子の間に目をつけておいたおしゃれな雰囲気の飲食店だ。ギルドでも食事を提供しているのだけど、ミツキが言うには、メインはお酒で食べるものは量こそ多いものの味はいまいち。外で食べる方がいい、とのこと。そんなわけで来た道を引き返してきたのだった。道中、ミツキからもおすすめを提案されていたのだけど、それはまた次の機会にといって断った。……絶対行こうね、とまばゆい笑顔で言っていたのは見なかったことにしておこう。もう迷子はイヤ!

 メニュー画面を開いて時刻を確認すると、十四時を少し過ぎていた。中に入ったときにいた一組のお客さんも既に帰り、二十席程の店内にわたしとミツキの他に客はいない。少し周りを見渡すと落ち着いた温かみのある内装が見てとれた。「隠れ家」というだけあって大通りからかなり外れた閑静な住宅街の中にあり、ここだけゆっくりと時間が流れているような気がしてくる。海の幸をふんだんに使った料理が自慢のようで、メニューには海産物を使ったものが多く載っていた。わたしたちが注文したのは日替わりランチで、今日はパエリアだった。新鮮なエビや貝がごろっと載っていて、なんといっても美味しかった!

 わたしは料理を既に食べ終え、まだ食事中のミツキを眺めたりして、のんびりと食後のコーヒーを堪能していると、ふと通知があったことを思い出した。ミツキのお陰ですっかり忘れていたのだけど、やはりいつまでも放っておくのは気がとがめた。メニュー画面の[フレンド]の項目を開く。フレンドの名前の表示は[アストレラ]。……誰、だったっけ。記憶を辿ろうと試みるもよくわからない。読めばわかるだろうと思考を切り換え[チャット]を開き文章を読んでいく――と、誰だか分かった。


――女神さまだ。


***


――アカネ様に急ぎ報告とお詫びがありましてご連絡させていただきました。先の御約束ではステータスと一部のアイテムおよびスキルのみの引き継ぎということでしたが、世界の理の判断によりアカネ様のほぼすべてのデータおよび周辺のシステムの多くを持ち込むこととなりました。約束をたがえる結果となり申し訳ありません。詳細は運営からのお知らせをご確認いただければと思います。ご迷惑おかけしましたこと重ねてお詫び申し上げます。――


という文面だった。[運営からのお知らせ]を開くと先程よりも詳細な内容が書かれた文章があった。要点だけいえば、[世界の理]はメニューコマンド操作に強い関心を示しており、その利便性がもたらす影響を勝手なことにわたしで見極めようとしているらしい、ということだろう。ちなみに拒否権はないそうだ。あきらめて現状を受け入れるよりないということ。その代わり、女神さまとチャット機能で会話ができるらしい。が、あくまでも不具合の報告に、ということだったのであまり積極的には利用しない方がいいだろう。どうでもいいことを書いていて、いざ本当に困ったときに読んでもらえないのでは笑えない。メニューコマンドを使えたり、レアアイテムを持っていたりと一見すると良さそう、というか便利なのは間違いない。間違いないのだけれど、いつどこで不具合を起こすかというリスクが付きまとう。女神さまでさえ「不都合が多々生じることがある」とか、不具合の「ご報告をいただければ全力で対応いたします」とか言っているのだ。これで不安を感じないことがあろうか。……いや、ない? そうだよね! 危機感だよね!?


――ああ、もう! わたしはただ、魔物を倒して、レベル上げして、強くなりたいだけなのに! 平穏に生きたいだけなのに! トラブルとかいらないから!!


といった感じで、わたしは頭を抱えていた。一通り心の中で叫び終え、少し落ち着いてきたところで顔を上げる――と心配そうにこちらを見るミツキと目が合った。いつのまにか食べ終えていたらしい。先程のことを気にしているのか何も言ってこないが、治癒の魔法をかけようとしているのだろう、手を出したり引っ込めたりしていた。


――またやらかした


まったく反省がなってないな、と思いつつも、わたしの不審な行動が誤解を招いたのだからと、安心させるために声を掛ける。

「もう大丈夫だから」

精一杯微笑んでみせる。ぎこちないとか言わないで。

「……本当に?」

ミツキは納得がいかないのか、案ずるようにこちらを見てくる。純粋な視線がぐさぐさと心に突き刺さってくるのを感じ、早急に話題を切り上げることを決める。

「うん。本当に大丈夫だから」

そう言って誤魔化すように席を立った。まあ、本当に誤魔化したいのはあの頭の痛いメッセージの内容だったりするのだけど……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る