赤い髪の少女

ツヨシ

本編

その一人の少女がゆかりのクラスに転向してきたのは、秋も終わりを告げようとしている頃のことだった。


一目で眼を引く赤い髪をしていた。


もちろん染めているのではない。


校則の厳しい公立の小学校で、小学五年生が髪を赤く染めて登校することなど、許されるはずがなかった。


生まれつきの赤毛である。


それは天然である証拠にみずみずしく、窓から入ってくる柔らかい光を反射して、きらきらと輝いている。


顔もぱっちりとした二重まぶたの大きな眼に、形の良い小さな鼻、適度な大きさで柔らかさを感じさせる唇を持っていた。


小顔で全体のバランスもよく、一言で言うと「かわいいお人形さん」と言う顔だった。


体との比率も含めると、十歳にして実に見事なまでの八頭身美少女だ。


佐倉まい、と言う名前だった。


ゆかりはものすごくいやな予感がした。


ゆかりはいわゆる美人といったタイプの顔立ちで、すらりとスタイルも良く、クラスの男の子の間では、二番目の人気を誇っていた。


一番人気はのり子。


顔は十人並みだが明るく元気な天然で、性格美人と言う感じの女の子である。


ゆかりが二番手に甘んじているのは、その性格によるところが大きかった。


どちらかと言えば気が強く、わがままでプライドが高く、いじわるな性格をしていた。


それでも極端な性格と言うわけではないので、もって生まれた顔立ちのよさで、なんとか二番人気におさまっている。


しかしゆかりは一番でないのは、ものすごく気に入らなかった。


自分が一番になることが、太陽が東から昇るのとおなじくらい当然のことだと考えていた。


だからのり子の存在がうとましくてしかたがなかった。


そこへ恐ろしいことに、赤毛のとびっきりかわいい転校生がやって来たのだ。


彼女は先生の横で、笑っているような笑っていないような表情で、クラスのみんなをとても穏やかな目で見ている。


その顔からは、彼女の優しくておっとりとした性格が感じられた。


ゆかりは彼女にふりそそぐクラスの男の子たちの視線を、痛いほど感じていた。


ゆかりはますます嫌な予感がした。


そしてその予感は的中した。




佐倉まいがクラスの男の子の間で一番人気となるまでに、それほど時間はかからなかった。


二番人気はワンランク下がってのり子。


のり子のファンの半分ほどが、まいへと流れたからだ。


しかしのり子は、そんなことはまるで気にしていなかった。


と言うより、気づいてさえいなかった。


そして三番人気はいなかった。


それ以外の女の子は全て、その他大勢となった。


当然ゆかりも、そのうちの一人となってしまったのだ。


ゆかりの親衛隊のほぼ全員が、佐倉まいへと鞍替えしていったためである。


ゆかりにはそれが全く我慢ならなかった。


とは言っても特に何かするわけでもなく、学校に行って授業を受け、休み時間にはお友達とおしゃべりをする。


日々は何の変化もなく過ぎていく。


しかしゆかりの不満は、日に日に大きくふくらんでいった。




ある日、ゆかりがたまたま校舎の裏を通ると、同級生の良子が、すみの方で何かぶつぶつつぶやいていた。


どちらかと言えばとろくて、少し抜けているような女の子で、ゆかりがいつもバカにしている子だ。


しかし彼女は、ゆかりにバカにされていることさえ、わかっていなかった。


ゆかりは、その良子のあまりの真剣な表情に興味を持ち、彼女に近づいていった。


「良子ちゃん、こんなところで一人で何をしているの?」


「あっ、ゆかりちゃん。……ああ、見つかっちゃった。もう、ほんとに。今、べんもんさまにお願いをしていたところだったのに」


――べんもんさま?


ゆかりは昔、その名を聞いたことがあった。


なんでもこの学校に住んでいる神様で、いっしょうけんめいにお願いをすれば、何でも望みをかなえてくれると言う話だ。


「べんもんさまあ? ばかばかしい。五年生にもなって、なに考えてんの。良ちゃん、ほんとお子ちゃまね」


ゆかりは良子にそう言うと、その場を後にした。




ゆかりは家に帰ってからも、べんもんさまのことが、頭から離れなかった。


おかあさんといっしょにテレビを見ている時に、ふとべんもんさまにお願いをしてみようと思った。


隣におかあさんがいるので、頭の中でべんもんさまにお願いをした。


――べんもんさま、お願いします。私に赤い髪をください。べんもんさま、お願いします。私に赤い髪をください。


一生懸命だった。


必死だった。


そのままテレビを見ながら、何度も何度も頭の中でべんもんさまに、お願いし続けた。


お願いし続けて疲れきった後、ベッドの中に入った。


それでもベッドの中で、さらにお願いを続けた。


そしてようやくいつしか眠りについた。




ゆかりは朝起きると、まっ先に洗面台に向かった。


そして鏡をのぞきこみ自分の髪を見たが、髪は赤くはなっていなかった。


いつもの見慣れた黒髪を見ていると、ゆかりは怒りがこみ上げてきた。


――良子のやつ、うそをついたわね!




その日の昼休み、ゆかりは良子を校舎の裏に呼び出した。


「昨日、寝るまでべんもんさまにお願いしたけど、ぜんぜんお願い聞いてくれなかったわよ。べんもんさまなんて、いないんじゃないの。このうそつき!」


良子はきょとんとしていたが、しばらくすると笑いだした。


「寝るまでって、ゆかりちゃん、ひょっとしておうちでお願いしたの? だめだよ、それじゃあ」


「だめって? どういうこと」


「べんもんさまにお願いする時はね、お約束ごとがあるの。まずひとつめは、必ず学校でお願いすること。お家でやっても、何にもならないわよ。次にふたつめは、お願いするところを誰にも見られないこと。昨日、お願いしているところをゆかりちゃんに見られちゃたから、私のお願いも聞いてくれなかったわ。次にみっつめは、ちゃんと声に出してお願いすること。頭の中でお願いしても、べんもんさまは全然聞いてくれないわ。口に出していったことだけ叶えてくれるのよ。そしてよっつめは、必ず二つお願いすること。一つや三つお願いしても、べんもんさまは全然相手してくれないわ。この四つを守らないとべんもんさまは、お願い、叶えてくれないの」


ゆかりはただ良子の言うことを聞いていた。


何も答えなかった。


そして何も答えないまま、その場を後にした。




放課後になって、ゆかりは一人音楽室にしのびこんだ。


――ここなら、誰も来ないわ。


ゆかりはグランドピアノの前に立つと、大きく息を吸い込んだ。


そしてべんもんさまへのお願いを始めた。


「べんもんさま、お願いします、私に赤い髪をください。べんもんさま、お願いします、私に赤い髪をください。べんもんさま、お願いします、私に赤い髪をください」


ゆかりはそう三回声に出した後、ふと考えた。


――そういえば、もうひとつお願いしなきゃ、いけないんだったわ。もうひとつ、もうひとつ。……そうだ、まいのやつを、まいのやつを。


「殺してください。べんもんさま、お願いします。殺してください」




「私に赤い髪をください」


そして


「殺してください」


「願い」は聞き届けられた。




何かが爆発したような大きな音とともに、グランドピアノが突然天井近くまで舞い上がった。


ゆかりが呆気にとられて見ていると、グランドピアノはとてつもない勢いで、ゆかりめがけて落ちてきた。


ゆかりはピアノの下敷きになり、彼女の頭はばっくりと割れた。


そして流れ出る鮮血が、彼女の髪を真っ赤に染めた。


     


      終

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赤い髪の少女 ツヨシ @kunkunkonkon

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