私は神である
ツヨシ
本編
それはある日の出勤途中のことだった
その日やや寝坊してしまった俺は、足早に駅の改札口を通り抜け、ホームへと向かっていた。
その時だ。
「私は神である!」
突然俺の前方から大きな声が響いた。
見るとホームに通じるさして広くない階段の中ほどのところで、男が壁を背にして立っている。
その男が声の持ち主である。
老人と言っていい年齢で、見事に白い長髪に、これまた見事に白い口ひげと長いあごひげをはやしていた。
その手には節くれだっていて、先端がぜんまいのように丸まっている木の杖を持っている。
そしてポッケトもボタンもついていない白くて長く、ゆったりとしたワンピースのような薄地の服を身にまとっていた。
やけに鋭い眼光を放ち、低いがオペラ歌手のようによく通る声で、浪々としゃべっている。
その表情には絶対の自信がみなぎっていた。
そうそれはまさに神様であった。
その姿は子供の絵本に描かれている神様そのものの姿をしていたのだ。
しかし俺の目にくるいがなければ、やつは神様なんかじゃない。
ぜんぜん違う。
ただの変なじいさんだ。
でもやつは自分を神だと言い張っているようだ。
「この世の終末の日は近い。私を信じて私についてくる者のみが救われる。迷える罪びとよ、悔い改めよ!」
いったい何を言ってるんだ、このバカは。
冗談じゃないぜ、全く。
俺はこれから会社に行くんだ。
こんなところでぐずぐずしていると、電車に乗り遅れちまう。
そうなれば遅刻だ。部長に大目玉をくらっちまう。
悔い改めている暇なんかない。
大体部長ときたら、声は意味もなくでかいし、説教はとてつもなく長い。
おまけに人のミスを、いつまでもネチネチと覚えているときたもんだ。
いわゆる根暗と言うやつだな。
中年男の根暗はしまつが悪い。
それが会社の上司とくればなおさらだ。
俺は無視して通りすぎようとした。
しかし気がつけば、狭い階段にはじじいの話を聞いている野次馬たちであふれかえっていた。
しかもその数はどんどん増えていっている。
すみません、ちょっと通してください、などと言っても、そう簡単には通してくれそうにはない。
俺はあせった。
部長に怒鳴られている自分の姿が頭に浮かんだ。
頭どころじゃない。
実際目の前に、部長の脂ぎった顔が見えた。
そんでもってやつはというと、一向に演説をやめそうにない様子だ。
また野次馬どももまるで動く気配がなかった。
――この通勤時間帯の真っ只中だというのに、なんて暇なやつらなんだ。
こうなればしかたがない。
俺は最後の手段をとった。
俺は右手を上げて軽く振ると、その自称神様であるところの男を消した。
そして驚きあわてふためいている野次馬どもの余計な記憶も、全部消してやった。
やつらは何事もなかったかのように、ぞろぞろと歩き始めた。
駅はいつものどおりの風景へと戻った。
俺は階段を上り始めたグループにまざって、ホームに出でた。
そしてどうにか発車直前の電車に駆け込むことができた。
電車の中で一息ついた俺は、さっき自分のしたことがばかばかしくなってきた。
無駄に力を使いすぎたことに気がついたのである。
「こんなにややこしいことをしなくても電車まで、いやいっそのこと会社まで瞬間移動したほうが、ずっと早かったかな。我ながら全く愚かな事をしたもんだ。でもまあこれでよかったのかもしれない。あんなじいさんなんか、この世にいないほうがいいんだ。神様はこの世に俺一人でたくさんだからな」
終
私は神である ツヨシ @kunkunkonkon
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