第2話 咲くべき花たち ②


「ところで、昨日の話、死ぬべき時が分かるって……」


俺が尋ねると、彼女はティーカップに口をつけたままぴたりと止まった。

それから、ティーカップを置いて目を閉じた。


「野咲さんにとって、死ぬとは何ですか」


天野さんは俺の顔を見つめた。

俺にとっての死。

それは簡単だ。


「逃げ、だよ」


俺が死にたいと思うのは、生きていても仕方が無い。このどうしようもない現実から逃げたい、それが出来る唯一の方法だ。


「俺は......今まで、生きていて良かったことなんてなかったんだ。今も、二浪もして大学に来たけど自分がやりたいことも、夢も、もうどうでもよくなっちまった。生きていても仕方ないから、辛いだけで」


天野さんは、俺の言葉をただじっと聞いていた。


「逃げたいんだ。昨日なら、やれそうな気がしたんだけど」


俺はコーヒーを一口だけ飲んだ。

コーヒーの香りが鼻から抜け、口の中は一気に苦くなった。


「天野さんは?」

「私にとって、死ぬこと。それは」


天野さんは、窓から空を見つめた。


「結びです。死ぬことは、人生の結び」


結び。

そう言って天野さんは俺を見つめた。

その瞳は、涙で潤んでいるようにも見えた。


「必ず、人には死ぬ時が来ます。でも、それは自分が死にたい時ではないんです。残念ながら」

「つまり、昨日は死にたい時であって、死ぬ時ではなかったってことか?」

「そうです」


なかなか難しいことを言うもんだ。

そんなことは微塵も考えたことがなかったため、彼女の発言はとても斬新であった。


「昨日も言っていたけど、天野さんには、自分の死がいつだかわかるのか?」

「......はい」

「ちなみに、いつ?」


「あと3日。明明後日の12時。私は死にます」


天野さんは笑った。

まるでできることは全てやってみて、もう手の施しようがない、医師のような悲しそうな顔をして。




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