第1話 枯れゆく花ども ②


振り返ると、廃れた手すりに寄り切った一人の少女がいた。

見るからに中学生くらいで、白いワンピースに黄色いカーディガンを羽織っていた。

髪は黒く、結べるくらいの長さはあった。


「そうだね」


俺は、彼女から目を逸らし、さっきと同じように空を見上げた。

しばらく彼女は黙っていたが、何を思ったのか俺の隣に腰掛けた。


「一人で死ぬのは怖いですからね。ここで私があなたの死ぬべき時を見届けますよ」


隣に座る彼女の顔は、微笑んでいた。

俺にとって、それはなんとも奇妙であった。


「止めないのか?」


思いもよらない言葉が口から出た。自分で言ったことだったが、俺自身も驚いた。


「止めて欲しいんですか?」

「いや、別に」

「じゃあ、どうぞ」


そう言って、彼女は線路をじっと見つめた。

電車が通過するまであと1分。

さっきまでの死にたい衝動は無くなり、なんだか物凄く冷静になってしまった。


気が付いたら、俺を粉々にするはずの電車が、いつも通りに通り過ぎて行った。


隣の彼女は、特に何も言わなかった。

ただ、俺と同じように電車が過ぎ去るのを見つめていた。

夕日は沈み、当たりは街灯以外明かりがなかった。


「君は、帰らないのか」


動く気配を全く感じない彼女に、俺は訊いた。


「そうですね」


小さく彼女は頷いた。


「そういうあなたは、どうするんですか?」

「そうだな、どうしようか」


死ぬタイミングをすっかり逃した俺は、帰ればまたいつもと同じひきこもり生活が待っているが、かと言って今ここで死のうと思えなくなってしまった。

どうしようもないから、とりあえずここにいるという訳だ。


「ひとつ聞いてもいいか?」

「何でしょう」

「君は、どうしてここに来たんだ?」


単純な質問だった。

ここは滅多に人が来ない。それなのに、今は俺だけではなく、俺を含め2人もこの駅に人がいる。

こんなところは用がなければ、来るようなところでもない。

彼女は、足元でひっくり返っているひぐらしを見つめて言った。


「あなたと同じですよ。私も、今日死のうと思っていました」


それから、足先で器用にひぐらしを起き上がらせた。

さっきまで死にそうだったひぐらしは、何事も無かったかのように、どこかへ飛んでいった。


「でも、やはり今日は私の死ぬべき時では無かったんです。だから、私はこうして今も生きています」

「死ぬべき時......?」


彼女は目を瞑り、それから星を見つめた。

街灯でぼんやりとだけ彼女の顔が照らされた。


「私には、自分の死ぬ時がいつだか分かるんです。つまり、それが私にとっての死ぬべき時なんです」


信憑性に欠ける話ではあった。

でも、なぜだか俺には彼女が嘘をついているとは思えなかった。


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