第2話 焼うどんの鼓動を感じる駅

「6000円になりまーす」


店のカウンターに立つ、黒い制服を着こんだ女性はレジを操作する。

ピッピッと軽やかな音が響く。それに合わせて後ろのポニーテールもピコピコ動く。


「ありがとうございましたーまたのお越しをお待ちしておりまーす」

それを聞いたお客の女性は、会釈して騒がしい商店街に飲み込まれていった。



★★★



ふう、とため息。私はお客様を見送った後、店の中に戻ります。

今日はお客さん多いなぁ、休日だからかなと、1人納得して頭を営業モードに戻します。


「山本さんは17時まで。あと1人予約があるのでそれが終わるとあがりで」

店に戻りレジカウンター横を通過すると、男性に声をかけられます。店長です。


「わかりました。いつもの三宅様ですね」


カウンター横にある姿見で自分自身のたたずまいを確認します。

制服、というより作業服といった方がいいのでしょうか。

上は黒いTシャツ、胸元に蛍光オレンジで店名のロゴが自己主張しています。

ボトムスはこちらも黒いストレッチパンツ。動きやすいようにという店長のアイデアと聞いてます。


ここは一般的なマッサージ店、カイロプラクティックと呼ばれている部類に入ります。マッサージ店と呼ぶと度々店長から注意が入ります。


ウチは「ボディケア・トリートメント」の店だ、と。


やっていることは一緒だと思うのだけれども、違うらしいです。アロマオイルでリンパを流して毒素を排除するんだとか難しいことを言ってきます。

私自身はよくわかっていないのです。

進路をセラピニストに定めた私は、この店に入る2年前にネットでいろいろ調べたはずなのですが。

店でお客様に提供するもの。

肩こり、腰痛から足つぼマッサージまで。これらはアロママッサージと呼ばれるもの。

マッサージ以外には足湯と酸素カプセルがありますが、これは機械操作と清掃が主な仕事となります。

機械操作はともかくマッサージは重労働で、入りたての、助手だった頃は指や肩、腰が痛くなりました。

同じように仕事でからだを痛めた先輩方を犠牲にして日々練習。辛いけど楽しかったです。

なんとか1年前から独り立ちして、からだにも適度に筋肉がついたのか慣れてきました。


ウチの店の従業員は売り上げ計算など会計事務の女性1人以外は男性。

足湯や酸素カプセルの機械操作しかできないと給料も少ないので、興味があって入ってきた女性も続きません。それもあってか現場では紅一点。若い女性のマッサージ師は珍しいからなのか指名が多くなりました。

女性から見ると、女性にしてもらう方が安心するからなのかもしれません。

男性から見ると、若い女性の方が嬉しいからなのかもしれません。

常連様から言われたことなのですが、女性は力がないからコリが残ることが多いけど、アナタは違うから気持ちいいと。

「若い女性だから」と選ばれるよりも技を褒められたようで嬉しいですね。

おかげさまで休日は休む暇がありません。悪くはないのですが。

ある時、店長は私専用の店舗予約HPを作ろうか、と行ってきました。

やめてくださいね。と凄んでみると回避できました。ふう。


予約の5分前くらいに三宅様がお越しになりました。

彼女の服装を見回します。レースをあしらった半袖の白いトップスにニットのガウチョパンツ。薄いグレーで涼し気です。


それに加えて最近流行っているらしい白いカンカン帽。かわいらしい。

160cmの私と同じくらい、髪形は肩口までで緩くパーマがかかっています。

顔は童顔。私と並ぶと確実に彼女の方が年下に見られます。忌々しいです。

体形も私と変わらない普通のやせ形なのに胸に余分な脂肪。世の中は理不尽です。

と、まあお客様なのに「忌々しい」「理不尽」という言葉は失礼でしょうか。

失礼ですね。


なぜそんな感じに思うのかといえば、この三宅様、私の同級生なのです。

三宅様・・・いや、三宅みやけ亜美あみは高校時代からの付き合いです。


この店で働き始めたきっかけも彼女からの誘いでした。そこについては感謝しています。私がこの店に勤め始めると1ヶ月に1度、休日によく来てくれるようになりました。今日は私の仕事が終わった後、一緒に食事をする予定です。その関係でついでに来てくれたようです。


彼女はマッサージではなく足湯と空気カプセルの予約でしたので店舗内を誘導します。店舗内はお客様が心身ともにリラックスできるように若干薄暗く、木目調の床と土壁風にしてあります。


奥の部屋で着替えてもらい、足湯の部屋に誘導します。

亜美の姿はグレーのTシャツと黒のハーフストレッチパンツ。


「では、こちらに足を入れて下さい」

彼女の脚をタオルで拭いて足湯の機械に足を入れるように促します。


「もーいいじゃん。店長も知らない仲でもないんだし、丁寧語を使わなくてもー」

私の仕事言葉を聞いて、彼女は不服そうに口を尖らします。


「いえ、私はいつもこんな言葉使いということ、知ってますよね?」

「知ってるけどさー何か他人行儀なんだよねーさなっち冷たい」


そう、私は友達に対しても言葉使いは変わりません。

知ってるはずなのに冷たいって言われても困ります。

私の名前は山本やまもと早苗さなえです。

なので、さなっちと呼ばれます。そう呼ぶのはこの亜美だけなのですが。

亜美は常連なので、説明はほぼ不要です。それでも簡単な説明はします。

「冷たい」と言われて少しイラッとしたので「制裁」しますか。

こちらは仕事中なので無理言わないでほしいもの。

亜美が軽い性格なのはわかっていますが、空気を呼んでください。


「三宅様ー」

「・・・!」


いきなり苗字で、しかも様付で呼ばれた亜美はびっくりした表情しています。


「三宅様、タオルをおかけしますね」


少し大きめのタオルを亜美の膝の上にかけます。

かけることにより、脚を入れている湯船の口をタオルで覆う形になります。


「そしてこの管を鼻の付近に固定して下さい。この先から酸素がでてきます」


私は亜美の表情を気にすることなく、てきぱきと、初めてこの店に来たお客様への対応を始めます。


「約15分かかります。その間はこの雑誌でもお読み下さい」


亜美の表情は真っ青ですね。無表情というより、しまったという顔をしています。

わかればいいのですよ。でも、おもしろいから続けますか。


「しばらくすると汗をかくと思います。そのときはこちらのお水を摂取してもらえると」

「・・・はい・・・」

亜美は観念したみたいですね。じっとこちらを見ています。もうひと押しか。


「では、何か御用があればお呼び下さい。失礼します」

「・・・食事奢るから許してーさなっち、お願いー」


最後の説明を終えて無言で見つめていると、亜美は両手を合わせて拝むような動作をして私に言いました。


「その言葉、忘れないでくださいね、さあ、仕事終わったら楽しみです」

そんな言葉を残して部屋のカーテンを閉めます。基本的に部屋は個室なのです。


私は待機時間の間、亜美とどこの店に行こうかと心巡らせます。この店がある強大な商店街の北には九州・小倉駅があります。福岡県2番目の都市、北九州市、その中でも八幡の黒崎を抑えての北九州中心駅。さらに九州の北入口とされる新幹線駅でもあり、周辺には様々な飲食店があります。


さすがに居酒屋やバーなどアルコールが絡むのはかわいそうですね。

軽くデザートが食べられそうなところにでもしますか。




★★★





JR小倉駅。

九州で初めて政令指定都市になった北九州市一、にぎわっている駅。

東海道・山陽新幹線における終点・博多駅の1つ前の駅で全ての新幹線が停まる駅でもある。普通列車ならば本州から関門トンネルを抜けた最初の駅・門司もじ駅の1つ西に存在する。関門海峡の向こう側にある下関駅との間を往復している、直流交流でも走れる特殊列車が乗り入れている。

博多駅や大分駅に向かう特急ソニック、博多や荒尾方面に行く快速、準快速がホームを行き来している。

そんな小倉駅から南に延びている北九州モノレール。

モノレールの高架下にある主要道の西側に沿うように続く商店街。

南は最初の駅、平和通駅、その次の駅、旦過たんが駅手前まで続く。



小倉駅から南西側の商店街にある店の前で1人の女性が立っていた。

緩くパーマの入った肩くらいの長さの髪に白い帽子をかぶっている。

レースをあしらった白いトップにグレーのガウチョパンツ。

肩からは小さな水色のカバンを提げている。見た目では全く重そうには感じない。

その女性の目の前にある看板には、「アロママッサージ」「足湯」などの料金が書いてある。女性は誰かを待っているようだ。スマホを手に、しきりに店の入口を気にしている。


★★★


・・・さなっちまだー


アタシはさなっちが出て来るのを待っている。この後さなっちと食事に行くからだ。さっきまで、清二叔父さんーアタシの母さんの弟ーの経営しているこの店で足湯を楽しんでいた。いつも通りさなっちに相手してもらっていたけど、アタシが調子にのっちゃったんだよね。さなっちの雰囲気が冷たくなって、アタシの懐が寂しくなることが決まってしまった。


さなっち、ごめん。でもね、アタシ、怒ったさなっちも大好きなんだよ。ごめんね、でも反省してない。


「お待たせしました」


さなっちが店の入口から出てくる。本当に待ったんだから。

彼女の中で一番目につくのは頭の後ろで揺れるポニーテール。肩口より少し長い。

白いトップ、二の腕を隠すようなチューリップスリーブで少しかわいい。

ボトムスはストレッチパンツ、足首少し上から出ていて、靴はサンダルかなー

手には薄い茶色のバッグを持っている。メッシュ柄で涼しさを演出しているようだ。

今日はそんなファッションなのねー。アタシはひそかにさなっち鑑賞会を楽しむ。


「おーそーいーよー」


アタシは不服そうな感じでわざと叫ぶ。そしてさなっちのポニーの先をつかもうと手を伸ばす。彼女は器用にアタシから避けて一瞬真顔になる。怒ったかな?

でも彼女は基本的に優しい。、怒って「制裁」されたとしてもアタシは喜んで受け入れる。


どちらにしても、かまってもらうということにかわりはないんだよね。

アタシにとってはどちらも嬉しいこと。さなっち愛は揺るがない。


「そういえば、事件です。こんなメールが入ってました」


そう言ってさなっちはにこりとした後、アタシにスマホの画面を見せてくる。メール画面だった。そこには「斉藤里美」という名前。斉藤里美・・・?誰?


「亜美は何度か会って知っていると思いますが・・・」

彼女はこちらを見つめる。ん?アタシも知ってるの?うーん?


「亜美は確か・・・リミちゃんと呼んでた気がしますが、覚えてないのですか?」

「・・・リミちゃん?あーリミちゃん。思い出したから睨むのやめてー」


彼女は睨むと同時に両手を構えていた。こめかみグリグリは冗談でもやめてほしい。アタシが思い出したことに満足して構えを解く。勘弁してよー

学生時代からされているけど、仕事始めて地味に力強くなってるんだからさー

本名を最初会ったとき以外で見たことなかったからわからなかっただけ。


さなっちとリミちゃんは大学で出会ったと聞いた。

アタシは大学に行かず地元で就職したので、リミちゃんとはさなっちの紹介で知り合った。知り合ってから仲が良くなって、最近では半年前に2人きりで会ったこともある。さなっちは仕事の都合がつかず不参加だった。泊まりの旅行も兼ねてたので、うらやましがられたけど。

つい最近もSNSで言葉を交わしている。メールでもSNSでも「リミちゃん」なので気づかなかったよ。半年前に会ったことをさなっちは知ってるから、睨むのは当然だよねー許してー


「で、さなっち。リミちゃんがどんな風に事件なのー?」

そう、なぜ事件なんだろう。アタシはリミちゃんから何も聞いていない。


「今夜、こっちに来るみたいです。追加のメールでは、すでに新幹線に乗って向かっているとのことです」


え?あまりにもいきなり過ぎない?

さなっちは「ありえない」という顔をしている。


「新幹線で向かっている、っていうことは何時に小倉駅に着くって?」

「メールですと、18時35分に小倉に着くと放送で聞いたとか書いてますね」


リミちゃん、都会に住んでいるはずなのに電車やバスの運行時刻には、からっきしダメなんだよね。

半年前にリミちゃんに会った時の事。アタシは彼女の地元に向かった。

せっかくだから、地元を案内してもらおうと思って彼女に頼んだんだけど、計画が無茶苦茶だった。仕方ないので、アタシがネット検索を駆使して、電車の時刻を調べて予定を立て直したという、ね。


そんなことを思い出しながら、リミちゃんならそうなるよなーと少し遠い目。

新幹線に乗ってから到着時刻の確認。その後にこちらへ連絡。

行き当たりばったりだね。アタシの場合、そこまではできない。時刻は調べる、宿は取る。こんなアタシでも女の子だから。野宿とかカプセルホテルとか難しいよねーそう思う。


そこまで考えて、アタシの中で疑問が生まれる。

今日は7月18日の海の日。ここ小倉では祇園太鼓が一段落して落ち着いている日。

確かリミちゃんは彼氏と会っているはずでは・・・

SNSではとても楽しみにしていたはず。なのになぜこの時間にこっちへ・・・


「ねえ、さなっち。リミちゃんは彼氏と一緒にこっちにくるの?」

「いいえ、そんなことは一言も書いていませんね」


さなっちもアタシが言いたいことと、疑問に思ったことがわかったみたい。


「彼氏とはどうなったのでしょうか」

「それについては直接聞いた方が早くない?」

「では、お待ちしています、のメール、送りますね」


そう言うとさなっちは、スマホを操作し始める。

リミちゃんに待ち合わせ場所も含めたメールを返したみたいだった。


話がまとまった後、アタシはスマホの時刻を確認する。もう少しで18時。

これは小倉駅で暇を潰せば、あっという間に彼女の到着時間になっちゃうね。


「とりあえず、小倉駅に行くー?」

「そうですね、駅に向かいますか」


しかし、リミちゃーん、いきなりすぎるよー

アタシ達の都合付かなくて宿確保できなかったらどうするつもりだったんだよー

アタシとさなっちは、そう思いながら小倉駅に向かうのだった。




★★★





「まもなく広島です。山陽線、呉線、可部線、芸備線はお乗り換えです」

「車内で出ました不要な物はゴミ箱にお捨て下さいますよう、車内美化にご協力をお願いします」


車内に案内放送が響く。

東海道・山陽新幹線下り のぞみ177号 博多行き 6号車13A席。

窓側に斉藤 里美さとみが座っている。寝息が聞こえる。

紺色のトップスに白地の水色の花柄スカートの彼女は、窓に頭を当てるようにして眠りに入っている。

車内は連休最終日もあって混雑している。ほとんどの席が埋まっている。

広島駅到着直前のせいか、出口に向かうひとで列ができている。


彼女は今、博多に向かっている。

博多には彼女の彼、殿本とのもと恵吾けいごが住んでいる。

恵吾とは名古屋で会っていた。つい数時間前に。

しかし、その彼は隣にいない。名古屋で分かれてしまった。


ならば、なぜ、そうなってしまったのか。


待ち合わせをして、食事をして一緒に博多に行く。

当初、彼女が目指した計画である。

花火大会は一緒に行けると嬉しいけど無理だろうな、というレベルである。

彼女としては、花火大会も一緒に行きたかったが、彼は仕事のためには帰らなければならない。


そこは彼女の中では理解しているところである。

その代わりに博多に一緒に行って、恵吾さえ良ければそのまま同棲しようとまで考えていた。


ただ、それを自分から言い出すのは恥ずかしい。

加えて恵吾が過去に「あまりベタベタされるのは嫌なんだよね、普通でお願い」と、彼女に言っていた。彼女は嫌われたくないので、彼の前では冷静であろうとしていた。そのため、博多への同行について自分から言い出すには勇気と流れが必要と考えていたのである。


里美は触れ合いたい感情を抑えようと努力していた。だが実際はほとんど隠せていない。そんな彼女の様子を見て恵吾はニヤニヤしているのだが、彼女自身は気づいていなかったりする。恵吾自身は頼られるのもベタベタされることも問題ない。むしろ歓迎している。件の発言は友達や会社関係者がいたため、単なる強がりと照れから生まれたものだった。


後日、彼女に責められても何も文句を言えないだろう。


里美は恵吾と会う前、名古屋駅に早めに到着、博多行き新幹線指定席券2枚を購入していた。恵吾が帰り始める時間より早いのは偶然。たまたまその便で席が取れた。


基本的に彼女は時間や時刻を調べないし、気にしない。

待ち合わせに遅れないのは、いつも使っている交通機関は1時間に何本も走っているので、来たものに乗るという習慣ができているだけである。


準備をして挑んだデート《計画》。


待ち合わせのナナちゃん人形の足元で待つのはいつも通り。

その後、恵吾の選んだ店で食事をするのもいつも通り。

花火大会に一緒に行きたいと駄々をこねて滞在時間を伸ばしてもらおうという無理難題。無理と言われた時の代替案で「寂しい」ことを理由に一緒に博多に連れてって、とねだる。

花火大会に行きたい、ということをより強調するために「男に誘われてるんだー」と小芝居。実際、里美はバイト仲間の男性に誘われていたが、彼女にとっては眼中になかった。


ここまでは、周りから見ると回りくどいが、上手くはいっていた。


ここで彼女にとって予想外のことが起こる。

偶然にも花火大会に誘ってきたバイト仲間、緒方からのメールである。

仕事上の連絡を取り合うため、アドレスの交換は当然行われている。

実際は長期休みの確認メールであった。緒方はシフト関係を勤務先で任されている。


このメールを利用してしまおうと瞬時に思った彼女は「連絡があったから行くね」と言ってしまう。「行くね」と店を出て行っても恵吾なら追いかけてくるものだ、と思っていたからだ。

それを期待して店を出た後、しばらく彼を観察していた彼女だったが、ここは予想が外れた。恵吾が呆然として動かない。ショックが大きすぎたのだ。そのうち彼女も気づいた。


気づいたけど、予想外の出来事に彼女自身も混乱。

どの顔で「今までのはウソ」と言えばいいのか、思い悩み逃げ出す。

その混乱した頭が落ち着くまで時間が欲しいと思った里美。


しかし、時間が経つと恵吾は博多に帰ってしまう。


帰ってしまったら直接弁明、そして謝る機会を失う。

それを恐れた彼女は自分も博多に行けばいいんだと結論を出し、改札をくぐった。


目当ての新幹線が来るまで、少しの時間があった。

その間も里美は恵吾に対する罪悪感で思い悩んでいた。

新幹線に乗り、発車したあたりで冷静さを取り戻す。

取り戻せば取り戻すほど、恵吾に対しての罪悪感が広がっていく。

耐えられなくなった里美は小倉の友人に会って相談しようと思いつき、メールを送った。


これがここまでの顛末である。




★★★




ふう。


里美は溜息をついた。

新幹線は広島を出発している。博多まではあと3駅。約2時間。

先ほどまで眠っていた彼女は少し目が腫れていた。

そして思いついたようにメールの受信を確認する。

彼女は新幹線に乗ってから定期的に恵吾に向けてメールを送っている。

ごめんね、と。

しかし、返信はない。約10分置きに確認している。


「ケイくん、もう私のこと嫌いになったのかも・・・」


彼女は呟く。

別の男と花火大会に行ったら嫌いになるだろう。彼女はそう思っている。

そんなつもりではなかった。でも状況を見ると、別れを切り出されても文句を言えない、と。それどころか恵吾は出張先でいいひとを見つけているのではないかと、疑心暗鬼に陥っていた。

だから追いかけてこなかったのではないか、と。マイナス思考全快である。


そんな中、スマホのバイブ音が鳴る。

メールが届いた。彼女は目を見開き、確認する。が、落ち込んでいるようだったが、持ち直した。


そのメールは小倉の友人のものだった。待っているよとの返事だった。


車内電光掲示には「新岩国駅通過」と出ている。

彼女は少し考える仕草をして、再び眠りについた。

先ほどよりは笑顔を浮かべて。友人に相談できると思い、楽になったようだ。




★★★




音楽が流れる。


「まもなく小倉です。鹿児島線、日豊にっぽう線、筑豊線、日田彦山ひたひこさん線はお乗り換えです」

「お降りのときは足元にご注意ください。今日も新幹線をご利用下さいまして、ありがとうございます」


案内放送が流れる。

里美自身、初九州上陸である。

新幹線は関門海峡を通る際トンネルを通るため、いつ九州に入ったのか彼女は気づけなかった。橋で渡るものと勘違いしていたらしい。若干不服そうである。

「九州ー入ったー」そう叫びたかったらしい。

わかるが24歳の女性。周りに迷惑である。


もうすぐ小倉駅。


大学時代に出会った山本やまもと早苗さなえとその友達の三宅みやけ亜美あみ。その二人が改札を出たところで待ってくれているようである。


「・・・ケイくん・・・」


なのに、彼のことで胸の中は一杯。友人たちは彼女の話を聞いてどう意見するだろうか。あきれるか、もしくは真摯にアドバイスを引っ張り出してくるだろうか。


里美は小倉駅に降り立った。


バックで新幹線の発車音楽がかろやかに流れる。銀河の鉄道の音楽。

初の九州、バック音楽は明るく、門出を祝ってくれているようである。

彼女の心内は全く反対だが、お構いなし。彼女自身もそれどころではない。

心ここに有らずの様子で近くにあったエスカレーターに乗って下りていく。

改札出口に向かうと、見覚えのある人影を見つけたか、彼女は笑顔になった。

その目には涙を潤ませて。

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男女の絆って、なぜこうも脆いのだろうか すかーれっとしゅーと @sukaretshuto

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