男女の絆って、なぜこうも脆いのだろうか

すかーれっとしゅーと

第1話 みそカツの香りのする駅

プシュー


目の前のドアが開いた。

俺・殿本とのもと恵吾けいごは駅のホームに降り立つ。

同じようにこの駅に用事のあるひとは多いようだ。

まるで決まりがあるかのように人々は同じ方向へ歩いていく。

俺も例外なく、人々の後ろに付いて歩いていく。

視界の隅に「みそカツ」「きしめん」「なごや嬢」の文字が通り過ぎていく。


ここは東海地方の中心都市・名古屋市のさらに中心、JR名古屋駅。東出口が太閤通口、西出口が桜通口。この2つの出口をつなぐように連絡通路が通っており、通路脇に在来線、新幹線の改札口が点在している。連絡通路からは何本か通路が分岐しており、お土産、特産物を扱う店から名古屋名物を美味しくいただける店まで様々。この駅から愛知県内、岐阜市周辺に行くならば名鉄、関西、伊勢方面に向かうなら近鉄と四方に線路がつながっている超・主要駅。東京と大阪の日本二大都市に挟まれながら独自の文化を育む地。



俺は今、その名古屋の地に新幹線で到着したばかりである。

駅のホームにある売店の横を半ば急ぎ足で出口に向かう。

階段を下りたところにある改札口を抜ける。

目の前にそびえる金色の時計塔。


待ち合わせ場所は確か・・・


今は新幹線の改札口付近。太閤通口が近い。太閤通口か桜通口か。

どちらに行こうかしばし考える。ここで間違えていらない距離を歩きたくはない。

普段は慣れている選択肢、しかし久しぶりということもあって慎重になってしまう。

待ち合わせ場所はナナちゃん人形のある場所。名鉄百貨店の前。

ならば、桜通口の方か。

たくさんのひとをかき分け俺は歩いていく。

待ち合わせ時間は・・・14時。あと15分くらいあるか、しばし余裕がある。

のんびりとはいかないが、急ぎもせず、久しぶりの名古屋駅を堪能しながら桜通口に向かう。


ナナちゃん人形。言わずと知れた名鉄名古屋駅の入る名鉄百貨店の名物。

作られて40年以上経つらしい。調べてびっくりした覚えがある。そういえばずっとあるな・・・

名鉄百貨店の前のアーケード内に高さ約6mのマネキン人形。

様々な催し事とコラボしていろんな衣装を着ていることが多い、ある意味名古屋に来たら一度は見たい物。

そういえば、前回ナナちゃん人形を見たときは、国民的アイドルグループの衣装を着ていたな・・・


そんなナナちゃん人形の前、足元で待ち合わせ。

これは俺と名古屋に待たせている彼女、サトミの3ヶ月に1度のデートのお約束。

1年前から俺は仕事の出張で名古屋を離れたため、こうして毎度新幹線を使って会いに来ているのだ。

そんな彼女と久しぶりに会える。俺は半ば緊張しながら、それでいて普通を装う努力をしながら歩く。


ナナちゃん人形が見えてきた。ひとが多いため足元付近はまだ、見えないが。

今回の衣装は浴衣か。青を基調とした若干涼しげな色合い。手にはうちわを持っている。

今夜、花火大会があるからか。

斉藤さいとう里美さとみと会うのは約3ヶ月ぶり。慣れている仲とはいえ、久しぶりに顔を合わす。

無事に彼女を見つけることができるのか、顔や姿は覚えてる。しかし不安になるのだ。

先ほどから同じような髪形、体形の女性を見つけるたびにチラッチラッと気にかかる。


足元が見えてきた。浴衣に裸足のナナちゃん人形、目に眩しい。

その足元でしきりにスマホのカメラでナナちゃん人形を撮影している女性が。

うん、肩まで伸びた少し茶色の髪、なで肩で少し背の小さいやせ形の女性。サトミだな。


・・・頼むからナナちゃん人形の真下から写真撮るのはやめてほしい・・・


見た感じでは楽しそうだ。笑顔が浮かんでいる。機嫌は良さそうだな。

そんな彼女に近づいていく。振り向いた、気づいたかな。


「里美!」


目が合ったので、俺は右手を軽く挙げて呼びかける。彼女はこちらを向いたまま固まった。さっきまでの笑顔を消して無表情にしてこちらに寄ってきた。


「・・・来たんだ、来なくてもいいのに」


そんな台詞を吐いているが、内心は喜んでいるということは知っている。

喜びを全身で表現することは、はしたないと思っている様でなぜか俺の前では冷静を取り繕う。


ただ、先ほどの撮影会のように俺のいないところではかなり無邪気なのだが。

そして毎度交わしているメールでの喜びの表現は、一般的な女の子が使うような絵文字などを使用して少々華やかである。

それでもなぜか、こうして会っているときだけは、彼女は冷静であろうとする。

その理由を彼女自身に問いただしたことはない。本人は俺にばれてないと思っているみたいだけど。

その部分も含めて、彼女のことが愛おしかったりする。


「待ったか?」

俺は微笑ましいものを見た気分で問いかける。


「・・・別に」

彼女は静かに答える。先ほど撮っていた写真を確認しているようで、スマホを見ている。


「昼、まだだよね、行こうか」

俺はそう言っていつも通り、右手で彼女の左手の平を求める。


パシン!


俺の腕が叩き落された。手をつなぎたくないらしい。

チラッと横目で彼女の表情を伺う。笑顔である。悪戯が成功した子供みたいだな。

これは不意打ちをしてみよう、俺はそう思い、笑顔を作り彼女に振り向く。

少し彼女側に寄り、右腕全体で彼女の肩をつかみ、抱き寄せる。


「・・・なっ・・・」


彼女の表情が変化する。悔しそう、いや一瞬嬉しそうな表情になったな。

それを確認した俺は彼女に向けてサムズアップをする。いい笑顔をプラスして。


「あーーーー悔しい!ドヤ顔気持ち悪いからやめてよー」


彼女は周りに響くくらいの声で叫ぶ。

一瞬周りの人々はびっくりして振り向くもののそのまますれ違っていく。


「では、どこへ食べに行こうか?」

「・・・まかせる」


名古屋のグルメ事情に詳しい彼女の意向で決めようかと思ったのだが、任された。

仕方ない、久しぶりに食べたいし、そこにするかー

彼女の肩から腕を外し、左手の平を無事確保して向かうのであった。




★★★




東海の中心都市・名古屋。

その更に中心の様々な人たちが行きかう駅、名古屋駅。名古屋には他ではお目にかかることのできない食べ物がたくさんある。味噌カツ、味噌カツ丼をはじめ、串カツ、煮込みうどんなど八丁味噌を使ったもの。うどんを少し平打ちした、と言えば語弊がある気もする独特な麺類「きしめん」。最近、全国のコンビニでも見るようになった小豆を入れたパン「小倉サンド」。その他、全国でも食べることができるものの「名古屋名物」と認識されているひつまぶしやエビフライなど。


名古屋駅周辺にはそんな食べ物との出会いを一挙に引き受けてくれる場所がある。

エスカ。先ほど待ち合わせた桜通口の反対側、太閤通口そばにある名古屋有数の地下街。





俺は里美さとみの手を引いて歩く。時々人とぶつかりそうになりながら。

花火大会の日ということもあり、浴衣姿の女性、たまに男性を見かける。


「どこに行くの・・・」

「帰ってきたら食べたかったところへ、ね」


彼女は不安そうに聞いてくる。俺はそっけなく答える。

その答えを聞いて彼女は憮然とした顔になった。


「今日も・・・すぐ帰るんでしょ・・・」

そう聞こえた気がした。引いている手が少し重く感じる。


「え?何か言った?」

「ん・・・何でもない・・・」


聞き返すと、そんな返しで。何か元気がないというか、表情が硬い。

顔を見る。見ているこちらに気づいた彼女は普通の顔に戻った。



地下街に向かうエスカレーターに乗る。彼女は隣に乗ってくる。

独りのときに使うエスカレーターは隣を空けて乗る。少し新鮮。

後ろを見ると特に急ぎの方はいないようだ。じっくり二人の時間を楽しむ。

壁には国民的アイドルグループの名古屋派生型のポスターが貼ってある。

どうやらこの地下街とコラボをしているらしい。

中で流れている音楽もそういえばそのアイドルたちの歌だ。


里美の手を引いて入った店。

何の変哲のない、珈琲店。オレンジの文字のあの全国有数なチェーン店であった。


「えー、ここ?」


彼女は不満顔だ。

久しぶりに帰って来たということもあり、ソウルフード的なものを食べるものだと思っていたようだ。

不満顔なのはわかる。友人とおしゃべりするためによく使っているであろうから。

ただ、俺にとっては久しぶりなのだ。

この珈琲店、如何せん出張先の近くには無いもので。

最近、テレビで特集番組を見てしまい、俺の中でスイッチが入ってしまった。すまん、サトミ。


ボックス席に通されて落ち着く二人。

注文を済ませ、彼女の顔を見る。見る。見る。じーっと眺める。

眺めるが、里美の表情が沈んでいる。笑顔がない。

いつもなら冷静に取り繕っている中でも笑顔はあるのだが、それが今は無い。


「何かあったのか?」

「ん・・・何でもないよ・・・」


彼女はそう答えるものの、目線を合わせない。

表情はなんとかそう思わせないように頑張っている様子。見え見えだな。


注文したものが届く。

俺はピザとコーヒー、サトミはサンドウィッチとカフェオレだった。

このピザが他では食べられないのよ、これのために今回はここにしたのだ。美味しい。

それは置いておいて、彼女の表情が気になる。聞きださないと。


「最近、どう?」

自分でもそれどうなのよ、という聞き方である。少し不安なのか俺は。


「どう・・・って言われても」


話が終わってしまった。もともとおしゃべりな方ではない彼女である。

しばらくお互い沈黙。あっ、コーヒーが空になってる。食も進んでいない。

相手の方もカフェオレが極端に減っている。本当に何かあったのか。


「何かあった?」

もう1度聞いてみる。


「ケイくんは今日、何時までいるの?」


質問に質問で返された。その声はか細い、そしてやっと絞り出したかのようで。

俺の名前は恵吾けいご。なので「ケイくん」と呼ばれている。

「17時までだな。その時間に出ないと今日中に帰れない」

その質問に答える。明日からは普通に仕事なのだ。仕方ない。


「やっぱり。・・・花火大会、今年も一緒に見れない・・・」


彼女はつぶやいた。そして俯く。そしてそっぽを向く。

去年までは名古屋にいたけど、これも仕事で行けなかったんだよな。

彼女にはかなり辛い思いをさせているのかもしれない、少し反省する。

でも、仕事だ。勘弁してほしい。正直そう思っていた。


「今回は男の子に誘われてるんだ・・・行っちゃおうかな・・・」

そんな衝撃発言をさらっと呟く。頭をガーンと殴られた気分になった。


「・・・男?誰だよ?」

なるべく冷静に、と思っていても冷静になっていない自分がいる。


「・・・花火行けないひとには関係ない・・・」

「関係ないってなんだよ!」


ついに叫んでしまった。静かな空間の珈琲店に響く。周囲の目が一斉にこちらに注目してた。


「私が誰と花火見に行っても問題ないでしょう・・・」

彼女は冷静に言い放った。哀しそうな表情を一瞬だけしたものの、取り繕っている。

俺は何も言えずにいた。


ブーンブーン


机に置いてあった彼女のスマホが鳴る。画面には「緒方」の文字。

彼女は手に取り、画面を確認。


「・・・その友達から連絡来た。近くに来てるみたいだから行くね」

え?行くねって・・・おい・・・待てよ・・・

しかし、言葉にはならない。ショックがでかい。なぜこうなった?


里美は食事代を置いてイスから立ち上がった。


「ケイくんが大丈夫だったら断ってた。行ってくるね」


去り際にそんな言葉を残して店舗から出ていく。冷静を装いながらも哀しそうだ。

店舗から出た後、こちらの様子を伺っていたが、意を決したように歩いて行った。


俺は1人、イスに座って呆然としていた。

「緒方」って誰だよ、そんな疑問と里美のことで頭の中がグルグルしていた。




★★★




名古屋で最大容積を持つとされる名古屋駅地下街・エスカ。

柱には国民的アイドルの名古屋派生ユニットのひとりひとりのポスターが貼ってある。サインやメッセージがマジックによる手書きであるところも好印象を持たせる。


その地下街の中にあるオレンジの文字の珈琲店。

店の中ほどにある、2人対面で座ることのできるカップル席には男が1人。

対面の席には誰も座っていない。

決して2人席を1人で独占しているわけではない。その証拠に彼の席のテーブルには2対のトレイがある。

彼側のトレイにはコーヒーカップと平皿1枚。平皿にはピザが乗っている。

もう1つのトレイには色の違うコーヒーカップ、そして手つかずのサンドウィッチ。

相方はどこに行ったのだろうか。お手洗いか。

その行方は彼を含めたその場に居合わせた誰もが知っていた。それを物語るテーブルの野口英世の存在も。そして彼の様子も覇気がないように見える。スマホを手に握って俯いてる。

しかし珈琲店の時間は止まらない。

何もなかったように店員は仕事に勤しみ、集っている客はそれぞれで憩っている。





★★★





俺はしばらく「緒方」という名前と里美さとみについて、グルグルと混乱に近い状態だった。

体感で5分、もしかしたらそこまで経っていないのかもしれない。

先ほどのやり取りで熱くなっていた頭が冷えてきた。元に戻ってきた頭で考え出す。


・・・里美はそんなにも花火大会に行きたかったのだろうか・・・


そこまで自己主張もメールもしてこなかったはずだ。

俺自身、ナナちゃん人形の告知を見て思い出したのだ。してきているはずはない。

前もって知っていれば、それなりの返事はできたはずだ。

なぜなんだ。思えばずっと表情は暗かった。

本人はなぜか俺の前では冷静を装うように努力しているみたいだが、相方の目線ではバレバレである。

そして全く手をつけてないサンドウィッチ。でも、空のコーヒーカップ。

彼女も緊張していたのか。でも何を思って緊張をしていたのだろう。

「花火大会を男と行く」これを告げるためなのか。

「うーん」

俺は軽く唸りながら自己分析を続ける。周りから見ると滑稽かもしれないが、気にしない。

しかし、俺自身も熱くなってしまうとは。それだけ彼女を好きということなのか。

それとも彼女と2人きりで過ごす、そんな男を羨ましいと思ったからなのか。

ただの独占欲からなのか。それは今更だろう。遠距離恋愛してる時点で解決済みである。

基本的に俺自身、里美が知らないところで何をしていようが無干渉を貫くつもりでいる。

里美から見れば、俺が出張先で何をしているか、確かめる術がない。

彼女から俺について何も言わない現状、こちらだけうるさく言うのは筋が通らない、そう思っているからである。


そう考えているうちに1つの結論にたどり着く。

彼女は「行ってくるね」と言っていた。

「さよなら」ではない。と、いうことはそんなに悲観することではないのかもしれない。

そして「緒方」という名前も男とは限らない。そして2人で行くとも言っていない。

半ば現実逃避、夢想、妄想、願望に近い結論。いや、推論か。

自分自身でも笑ってしまいそうだが、その推論にすがりたくなる。

自分の予想に反して別れを切り出されるようならば、それは仕方のないことだ。

今はそう考えて、彼女の理性を信じることにする。今までも信じてきたからな。


勝手に願望に近い形で決着づけた俺は珈琲店を後にした。

ただ笑顔になれる程、人間はできていない。

頭の中では「緒方という男と2人きりで楽しんでる」映像が支配している。

「緒方」の顔はなぜかウチの係長。なんでだよ!

一種の強がり。悔しい。ならばどうして追いかけなかったのか。痛恨の極みである。

とりあえず今夜、花火大会が終わった頃合いにメールでも送るか。

「楽しかった?」と。幾分かの余裕と冷静さを込めて。そうしよう。


券売機で新幹線のチケットを購入。

気づけば17時前。珈琲店で何時間過ごしていただろうか。

里美が出て行ってどれくらい経っていたのだろうか。把握していない。

店に入ってメニュー頼んで、少し待ったら料理が出てきて、お互い飲み物飲んで。

計算できそうなものなのだが、不確定なことが多すぎる。

時間の経過を感じ取れないほど頭に血が上っていたのか。真っ白になっていたのか。

その事実に驚愕する。

俺もまだまだ冷静な判断を下せる「人格者」という者にに成りきれていないということなのか。

仕事やその他普段の生活では、冷静に自分の状況を分析して判断を下せるようになっている。

そう自負していたはずなのだがこの失態。

やはり、里美は俺にとって大切な存在なのか。実感する。

こんな状態で別れを切り出されたらどうするんだ、そんな悪夢が身を擡げる。

が、半ば強引に押さえつける。今は考えない、考えたくない、と。


プルルルルルル・・・


安全柵の内側に下がるよう促すアナウンスの後にけたたましいサイレンが響く。

俺の手には先ほど売店で買った缶ビールと味噌カツ串が入った袋。

心では納得しても飲まないとやってられないですよ・・・

これはメールの返信次第では帰り着いた地で2次会、はしご酒かな。

そうしよう、会社の仲間でも呼んでありったけ飲もう。


そう思った俺は、指定席に座り1人晩酌を始めるのであった。

里美の笑顔を信じて。

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