第四章:UMA探偵と彼らの名前-2
「で、こっちの男だが」
女は、今度は右手に持った“隊長”の写真をさっきと同じように振った。
「こいつはイアン・リーと言ってねぇ。こいつも『小さな方舟』の一員、実戦部隊の隊長さ。……もっとも、私らみたいな仕事してる人間のうちじゃ元々、過激派環境保護団体『グリーンフォース』のナンバー2として知られていたが」
「グリーンフォース?」
先程から名前が出てきている『小さな方舟』とやらには聞き覚えがなかったが、今度は有馬も知る名前だった。といっても、直接関わりのある相手ではない。単に有名……というよりは悪名高い組織であるが故に、自然と有馬の耳にも情報が入ってきていたというだけだった。
グリーンフォース。
エコテロリストと呼ばれる過激な環境保護団体の中でも、特に残忍なやり口で知られたグループであった。“地球環境の敵”と認定した企業等への破壊工作はもちろんのこと、そこに所属する人間当人のみならず、その家族までも惨殺するその手法は、警察や標的となった企業にはもちろんのこと、他の環境保護団体にさえも恐れられ、忌み嫌われた。
実際、グリーンフォースの起こした事件がニュースになる度に環境保護運動全体のイメージが低下するのだから、その他の団体としてはたまったものではなかっただろう。
もっとも、グリーンフォースはグリーンフォースで、穏健派の環境保護団体のことを『実際には効力の無いことしかやっていないくせに、地球に良いことをした気にだけはなっている自己満足集団』と蔑んでいたのだから、彼らの迷惑など知ったことではなかったのだろうが。
とはいえ、それらも全て過去の話だ。
「あそこは確か、もう壊滅したって話じゃあなかったかい?」
本拠地が発見され、乗り込んできた現地警察との間で戦闘が勃発、抵抗をやめようとしなかったため、最終的に構成員がほぼ全員射殺されるに至った。組織の創始者である謎の男“ジェネラル・エバーグリーン”も、この戦闘で命を落とした。
報道では確か、そういうことになっていたはずだ。
現地警察程度の武装では寧ろ返り討ちにあう可能性の方が高いため、テロの対象となっていたグローバル企業達がPMCを雇って送り込んだというのが真相だ、という噂もある。
その噂の真偽はさておくとしても、その一件以来、グリーンフォースによる事件は一度も起こっておらず、少なくとも壊滅したという点については事実なのだろうと言われている。
「そう見せかけてるだけさ」
「壊滅したと見せかけて、実はまだ残党が残ってた、というわけかい?」
女は、くくくっ、と笑った。
「というか、それ以前にだねぇ、本拠地に攻め込まれたというあの一件、あれ自体が、自作自演なのさ。例の“ジェネラル・エバーグリーン”もちゃんと生きてる。それが、こいつなのさ」
女の右手にあった二枚の写真の前後が、さっと入れ換えられる。まるで手品師のような手際だった。“隊長”にかわって前面に出てきたのは、あのハリウッド俳優のような男の写真だ。
「ハワード・ウィルバーフォース。『小さな方舟』 の創始者であり、前代表さ。そして同時に、最後まで素性が明かされず、素顔も分からなかった謎の男“ジェネラル・エバーグリーン”その人でもある」
「それはつまり、その『小さな方舟』とかいう組織は、グリーンフォースが名前を変えただけのものってことなのかな?」
「少し違うねぇ」
いちいちにやにやしながら言われるのが、どうにも気に障る。しかしこれはわざとやっている気がする。精神的余裕を奪うことで、こちらが不用意な発言をするのを狙っているのではないか。となれば、イラついてしまえば相手の思うつぼだ。平静を保たなくては。
「『小さな方舟』は、グリーンフォースが消える前から存在している。グリーンフォースに構成員を供給するための母体としてね。まずはマイルドな環境保護団体である『小さな方舟』にまず勧誘しておき、その中でフラストレーションが溜まるように仕向ける。そして、穏当なやり方で世界を良くしようとしたけど、誰も向き合ってくれなかったし何も変わらなかった――そういう経験を繰り返し繰り返し味わわせるのさ。そこまで仕込んだ上で、今度はサクラを使って『こんなぬるいやり方ではいつまで経っても何も変えられない。衆愚の目を覚まさせるにはもっと過激なやり方が必要なのではないか』みたいなことを吹き込むというわけだよ」
なるほど。過激な活動は参加のハードルを上げるが、そのハードルを越えさせるための、いわば“階段”というわけか。
カルト宗教などでも、最初から宗教性全開で勧誘したりはしないという。まずは自己啓発セミナー等を装って人を集め、軽い気持ちで足を踏み入れさせておいて、次第に深みに嵌まらせるのだ。
グリーンフォースと『小さな方舟』の関係も似たようなものと言えるだろう。
「まあ、そんな経験をして、そんなことを言われたからって、実際に自分がエコテロリストになろうってところまで思い切れる奴らは少数派さ。だけど逆に言えば、そうなっても良いという奴も少しは出てくる。そういう奴を見極めた上で、表向きは別組織ということになってるグリーンフォースの人間に勧誘させるんだ。そうやって、かたちの上では『小さな方舟』のぬるいやり方に業を煮やして離脱し、グリーンフォースに移籍した、という体でグリーンフォースの構成員を増やすというわけだねぇ。実際、両者の主張を見比べれば、基本的なところで同じだと分かる。『小さな方舟』の主張はこうさ。『この地球は、今の人口を支えられるほどの資源を持たない小さな方舟であり、このままではきっと世界は滅びてしまう。故に、人間を減らしていかなくてはならない』」
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