第四章:UMA探偵と彼らの名前-1

 お詫びに情報を提供しよう、ときたか。


 有馬はもちろん、その言葉を素直には受け取らなかった。

 ここでお詫びをする様な連中なら、そもそも最初からこんなやり方で人を拐かしたりはしない。

 ではいったい何が目的なのか? わざと嘘の情報を流すことで、こちらを撹乱するつもりだろうか。


 もちろん相手とて、有馬が自分達を信用していないことくらいは百も承知だろう。だが、たとえば『あの人物は裏で敵と通じている』などといった話をされた場合、たとえ情報源をまるで信用していなかったとしても、いざという時にその言葉は脳裏をよぎる。そしてそれは、迷いを生む。

 迷いが生まれれば、それに判断は左右され得る。結果的に下す判断は同じだったとしても、遅れは生じる。


 信用できない者の言葉は、嘘か本当か分からない。

 しかし逆に言えばそれは、嘘だと決めつけられるわけでもないということだ。

 それ故に、自分の言葉は信用されないと分かっている者にとっても、嘘の情報を流すことは、けっして無意味ではないのだ。


 ならば有馬としては、相手の言葉に耳を塞ぐべきだろうか。

 そうとも言えないのが、悩ましいところだ。

 囚われの身なので、不用意に相手の申し出を拒絶するべきでない、というのもある。しかしそれ以前の問題として、現在の有馬は手持ちの情報が少なすぎるのだ。

 東雲一派のことだけではない。UMA探偵協会についても、だ。

 ついこの前まで、アマテラス宇宙開発機構なんてものと繋がっているなどという話は全く聞かされていなかった。この分だと、他にどんな裏事情があるか分かったものではない。


 そもそも、前々から何かおかしいとは思っていたのだ。


 UMA探偵は、UMAの調査と捕獲、そして時には駆除を行う極秘の職業。……だが、何故極秘にする必要があるのだ?

 現代においてなお未確認の動物というのは、個体数が相当少ないと考えるのが普通だ。そんな動物を見つけたのならばすぐに発表し、生息域を保護区に指定したり、ワシントン条約の対象種として追加してもらったりするのが適切だろう。

 あのタコやバッタのように人間にとっての危険性も高い種なら、人身保護の観点からも、やはり情報の公開が必要だ。

 UMAは、未確認動物UMAから確認された新種へと変えるべきなのだ。いったい何故、そうしようとしないのか。極秘にしなければならないどのような事情があるというのか。


 そんな有馬の疑念を知ってか知らずか、女は真意の読めない笑みを浮かべながら、左右の手に二枚ずつ持っている写真のうち、東雲と“隊長”の写っているものをそれぞれ前面に持ってきた。

「まずは、お知り合いだというこの二人について教えてあげようかねぇ。まず、こっちの女だが――」

 そう言って、左手に持った東雲の写真をひらひらと振る。


「こいつは本名を社万里と言ってね、『小さな方舟』という組織の工作員さ」

 ヤシロ・マリ、か。

 確か、タコの島で名乗った偽名は、シノノメ・マリだった。下の名前の読みは一致している。

「それが本当なら、随分と脇が甘いことだね。下の名前の読みを本名そのままにしてしまうなんて、工作員らしくもない」

「まあ、そこらへんは仕方のない面もある。そいつは元々は工作員ではなく、組織のボスの護衛だったのさ。それがどういうわけか、最近になって突然転身した。だから工作員としては経験が浅い、未熟者なんだねぇ、こいつは」


 元護衛か、なるほど。その答えは、とてもしっくりくる。

 東雲――さっきの話が事実なら、本名は社か――の戦闘技術の高さは、未熟者とは思えないものだった。その一方で、嘘をついたり相手の嘘を見破ったりする技術に関しては、経験を積んだ工作員とは考え難い下手さであった。

 だが、元々は護衛だったと考えると、それにも説明はつく。護衛に武術は必須だが、詐術はあまり必要ない。


 目の前のこの女、もしかすると本当のことを喋っているのかもしれない。いや、そう考えるのは早計か。こういった連中が簡単にバレるような類の嘘をつくはずもないし、事実の中に少しの嘘を混ぜ込むなんていうのも、相手を騙す手法としてはよくある。

 何が事実で、何がそうでないのか。

 注意深く聞かなくては。

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