幕間:琴家ルルと死亡フラグ-1

 UMA探偵さえ確保できれば、お前達はもう用済みだ――その言葉とともに、レザージャケットの男は、銃を構えた。逃げる間も無く、麻倉と矢部の眉間が続けざまに撃ち抜かれる。そしてついに銃口はこちらを向き……。


 ――なんて展開になったらどうしたものかと考えていたのだが、それは杞憂に終わった。有馬の確保に成功したという連絡を受けた後、レザージャケットの男はあっさりと私達を解放し、去っていったのだ。


「なに? 結局狙いは有馬一人で、私らはただ単に巻き込まれて人質要員としてうまく利用されただけってこと? 腹立つ! はっら立つうぅぅぅぅぅぅぅぅぅ~!!」

「いや、俺達自身まで狙われてなくて良かったじゃないですか。下手したらこっちまでさらわれてたかもしれないんですよ?」

 もちろん、それは分かっているのだが、そうだとしても腹が立つものは腹が立つのである。


「あっ、でも有馬さんはさらわれちゃったわけだから、良かったってことはないですね。どうしましょう⁉」


「ありゃりゃ、やっぱり師匠、さらわれちゃったんスか。まずいッスねえ、それは」


「ん?」

 振り返ると、いつの間にかイトウとカクコが近くにやってきていた。


「あんた達、いつの間に?」

「今来たとこッスよ」

 デートの待ち合わせで一時間早く来ていた男みたいなことを言う。

「マンドラゴラ用に設置してたカメラの映像で、皆さんを捕まえてた奴らがどっか行ったのを確認できたんで、やって来たんス。でも師匠の方はカメラの撮影範囲外にいたんで、どうなったのか分からないんスよね」

 いけしゃあしゃあと、私達を見捨てて高みの見物していたことを告白してきた。


「この野郎、私らを見殺しにするつもりだったな⁉」

 イトウはぶんぶんと首を左右に振る。

「いやいや、見殺しだなんて、そんな人聞きの悪い。だって、ヘリから攻撃を仕掛けてくるような相手にどうしろっていうんスか。いくら僕が天下無双の武闘家だといっても、天上に飛び上がってヘリを蹴り落とすとかは無理ッスよ!」


 こいつ、自称でだけ強い奴ネタをまだ引っ張るのか。まさか本当に自分が強いと思い込んでるわけではあるまいな。


「済んだ話を今どうこう言っても仕方が無いだろう。それよりも問題は、有馬をどうするかだ。やはりあいつは捕まったのか?」

 醜い争いを見かねたのか、カクコが割って入った。

「直接見たわけじゃないですけど、素直に俺達を解放してくれたってことはそうなんだと思います」

「では何か対策を立てなくてはな」


「ああ、そうかよ! だったらお前らだけでかってにやってな!」

 ついさっきまで情けなく地面にへたり込んでいた麻倉が、鼻息も荒く立ち上がった。

「お前らみたいなトラブルメーカーといっしょにいられるか! 俺は帰らせてもらう!」

 元はと言えば、自分がマンドラゴラを手に入れて一儲けしようと私達を巻き込んでここに来たくせに、また随分と勝手な言い草である。


「なんか今の班長の台詞、どっかで聞いたことありませんでした?」

 下が固い床だったなら、どかどかと足音が響きそうな歩き方で去っていこうとする麻倉の背を見送りながら呟く矢部の言葉を耳にして、私も確かにどこかで聞いたことがあるような気がしてきた。

 こう、思い出せそうで思い出せないと、どうにも気持ち悪い。何だったっけな……。


 あ、思い出した。


「死亡フラグってやつだ。推理小説でよくある」

 別に聞かせるつもりは無かったのだが、私の声が聞こえていたのか、麻倉の足がぴたっ、と止まる。


「ああ、それですよ、それそれ。『お前らといっしょにこんなとこにいられるか!』って単独行動した人が真っ先に殺人鬼に殺されるってやつです」

「まあでもここに殺人鬼はいないでしょ。さっきの物騒な連中もどっか行ったし、そもそも私らをどうこうするつもりも無かったみたいだし。あ、でも有馬がここでUMAを十匹くらい捕まえたとか言ってたし、UMAとかKUMAとかならまだいるかも」


 麻倉がくるりと反転して戻ってきた。

「ま、俺も鬼じゃないからな。有馬を助けるのに協力してやっても良い」

 なんとも分かりやすい馬鹿である。べつにこの男がいたところで、何かの役に立つとも思えないのだが。せいぜい、もしKUMAが出たらそっちの方に突き飛ばして、KUMAがこいつを食べてるうちに逃げるとか、そのくらいしか使い途が無い。


 とはいえ、そんなこと考えている私だって、有馬を助けるための方策が何かあるというわけではないし、もっと言えばそもそも助けようという気概も薄い。あるとすればむしろ、あのレザージャケットの男とその仲間に目にもの見せてやりたいという気持ちの方である。


「助けるっていっても、今からあの人達を追いかけていって奪還するのは難しいですよね。そもそもこっちにはヘリとか無いですし」

「せめてどこに連れて行かれたか分かれば、そこを襲撃するとかできるかもしれないけどさ」

「あいつらが何者か分かれば、有馬が連れて行かれた先も分かるのではないか? イトウ、調べられないか?」


 名乗りもしなかった連中がどこの誰かなんてそうそう分かるものではないだろう、と思っていたのだが、イトウははっきりと否定はしなかった。

「うーん、設置したカメラがあいつらの顔の映像は撮ってるんで、それを使ってあちこちの組織の構成員データベースで片っ端から画像検索をかけることはできるッスけどねぇ」

 言いながら、タブレット端末を操作する。


「でも、そもそも地下組織とかだったりしたら、組織の名前自体こっちが知らないってこともあるでしょうし……。東雲の場合とかがそうッスね。っていうか、今回も多分、あいつらの仲間なんじゃないかって……あれ?」

 相も変わらずの間延びした話し方をしていたイトウが、唐突に素っ頓狂な声をあげた。

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