第二章:UMA探偵と魔草の絶叫-5

 有馬は、飛び跳ねながら逃げて行くマンドラゴラの後を追っていた。


 外見にそぐわず、マンドラゴラの移動速度は速い。

 がしかし、人間の足で追いつけないほどというわけでもない。速いとは言っても、あくまでも見た目のわりには、という話であり、馬みたいに速いわけではないのだ。


 逃げ切れないと判断したのか、唐突にマンドラゴラの動きが止まった。

 こちらに向き直ったマンドラゴラ、その背中の一部が小刻みに振動する。

 それと共に、あの絶叫が響き渡った。


 キィィ――――ヤァァァァ――――――――


 追いかけていた勢いそのままにマンドラゴラに突っ込みそうになっていた有馬は、慌てて後ろに跳び退く。もう少しで2メートル以内に入ってしまうところだった。

 そしてその直後、細長い鞭のようなものが目にも止まらない速さでしなり、つい先程まで有馬のいた位置を襲った。


「ま、叫び声だけで人を殺せるなんて、何かおかしいとは思ってたんだ。あれはただの警告音。実際に相手を殺しているのは、やはりこの歯舌か。イモガイ同様に、毒を注入できる針のようになっているんだろうな、きっと」


 マンドラゴラの口から延びていた鞭のようなもの――歯舌が、また目にも止まらない速さで引っ込んだ。


「にしてもこれは人間の動体視力で追えるスピードじゃあないな。見てから反応していたのでは間に合わない」


 しかし、有馬に焦りは無かった。相手の有効射程はせいぜい1メートル半といったところだ。カクコが2メートルと言ったのは、個体差を考慮して余裕を持たせたのだろう。

 ならば、その射程の範囲外から攻撃すれば良いだけの話だ。


 有馬はテーザーガンを取り出す。

 相手が神経系の無い植物なら、電気ショックは無効かもしれない。しかし、有馬はそうではないことを既に確信していた。

「君の正体は……ウミウシだね?」

 有馬は、誰が聞いているわけでもないのに、あるいは誰も聞いていないからこそか、マンドラゴラに向かって話しかけた。

「いや、しかし海ではなく陸にいるのだからリクウシと呼ぶべきなのかな? しかしそれだと普通のウシとごっちゃになってしまいそうだね」


 チドリミドリガイやエリシア・クロロティカなどの一部のウミウシには、餌の藻類に含まれる葉緑体を自らの体に取り込み、それを使って光合成する『盗葉緑体』という能力がある。このマンドラゴラもそれに近い動物なのだろう。

 葉の様な形状をした突起を発達させ、表面積を大きくして光合成の効率を高めていることを考えると、光合成への依存度は高そうだ。もしかすると、既知のウミウシのように藻類から取り込んだ葉緑体を一時的に保持するのではなく、植物同様に恒常的に葉緑体を維持する能力を獲得している可能性もある。


 ウミウシは殻こそ退化しているが、貝の仲間だ。絶叫のようにも聞こえるあの不快な警告音、あれは恐らく、完全に退化しきってはおらず一部残されている殻を高速で振動させ、こすり合わせることで出しているのだろう。


 しかしそれらの点は、後でじっくり調べれば良いことである。今、重要なのは、動物ならテーザーガンによる電気ショックも有効だろうということだ。


「悪いが、そんな毒針攻撃ができる以上、君はかなり危険でね。あまり野放しにしておくわけにもいかないから、捕まえさせてもらうよ」


 有馬はテーザーガンを構えた。

 マンドラゴラの歯舌による攻撃の射程範囲からは出ており、尚且つこちらのテーザーガンの有効射程範囲内。一方的に攻撃できる間合いだ。

 だが、マンドラゴラは有馬の予想外の行動に打って出た。有馬の方に向かって跳ね、間合いを詰めてきたのだ。


「お、おわぁ⁉」


 有馬は思わず奇声をあげ、慌てて後退した。ところが、それに合わせて、マンドラゴラの方もどんどん間合いを詰めてくる。

 これが対人戦闘であれば、相手の武器の届かない距離にこちらがいる場合、相手は間合いを詰めてくるだろう、というのは当然考えておくべきことだったかもしれない。

 しかし、延びる攻撃を行う動物は、攻撃時に本体はあまり動き回らないものだ、という先入観が有馬にはあった。

 例えば、毒蛇はもたげた鎌首を延ばして咬みつこうとし、その攻撃が外れると首を引っ込める。そして相手が近づいてきたらまた鎌首を延ばして咬みつこうとする。その間、胴体の位置は変えない。マングースが毒蛇を狩る際は、毒蛇のこの性質を利用し、攻撃を加えてから素早く相手の鎌首が届く範囲外に退却する、というのを繰り返すのである。

 ところが、このマンドラゴラは本体ごとこちらに向かってくる。


「これはこれは。意外とアグレッシブじゃあないか⁉」


 この生物は光合成で栄養補給を賄っているのだろうし、仮に餌を取るにしても、盗葉緑体という性質から考えると草食の可能性が高い。歯舌を延ばして毒を注入する攻撃はあくまでも己が身を守るためのものであって、自分から積極的に攻撃をしかけるような性質の生物ではないはずだ。


 有馬は、そう踏んでいた。

 毒針攻撃をしかける前に音を出して相手に警告を与えるという性質も、その推測を裏付けている。

 それだけに、向こうから積極的に間合いを詰めてまで攻撃を当てようとしてくるとは思わなかったのだ。


「しつこく追いかけたせいで、相当怒らせちゃったのかな、これは」


 さっきとは逆に、逃げる有馬をマンドラゴラが追いかけるという展開になった。

 とにかく歯舌の有効射程範囲内に入ってしまうと、人間の反応速度では攻撃をかわすのは難しいため、相手が近づいたらすぐに間合いを取らなくてはならない。そのせいで、テーザーガンを構えている暇が無い。


「ウミウシらしくゆっくり這ってくれたら良いものを、バカガイみたいにぴょんぴょん跳ねるんだから参ったね、これは」


 しかし有馬は、ただ闇雲に逃げ続けているわけではなかった。

 じきにチャンスが訪れることを、分かっていたのだ。


 背後から、ガサガサと音が近づいてくる。

 漸く来たか。

「行け、そのまま直進だ!」

 有馬は、指示を飛ばした。有馬に置いていかれながらも、リモコンの発する信号を頼りにして忠実に追いかけてきていた牽引用ドローンが、マンドラゴラめがけて突進した。


 キィィ――――――――ヤァァァァ――――――――――――


 突然の乱入者に驚いたマンドラゴラが、警告音を発する。当然のことながら、ドローンはそんなものには頓着せず、直進し続けた。

 それを見て取ったマンドラゴラは、高速で歯舌を繰り出した。歯舌は鞭のようにしなり、針状になったその先端が、警告を無視して射程範囲内に侵入してきた愚か者に毒を打ち込もうとする。

 しかしドローンの金属製のボディは、キン、と音をたててその攻撃を跳ね返した。

 マンドラゴラは躍起になって攻撃を繰り返す。絶え間なく金属に打ちつけられる針が、キンキンキンと連続した音を奏でた。


「そっちに気を取られ過ぎだよ」


 有馬は、その隙を見逃さなかった。

 カタツムリのように突き出たマンドラゴラの目が再び有馬の方に向けられた時には、既にワイヤーの先端についた針が、マンドラゴラの体に突き立っていた。そのワイヤーは、有馬の手にしたテーザーガンから延びたものだ。ワイヤーを通じて電流がマンドラゴラの体に流れ込み、一本足で立っていたそれはビクッと痙攣した後、ぱたん、と地面に倒れた。


「奇しくも似たような武器の対決になったけど、私の勝ちのようだね」

「いや、我々の勝ちさ」

「ん?」

 振り向いた有馬の目に映ったのは、高速で自分に向かって来つつ眼前で広がる網だった。

 これは……ネットランチャーか!


「そっちに気を取られ過ぎだったのは、お前も同じだったようだな、UMA探偵・有馬ユーマ?」

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