第三章:UMA探偵と蠢く者ども-1
有馬の後を追おうとした途端に、背後からは想定外の台詞が投げかけられた。
反射的に振り向く。それとほぼ同時に、野太い悲鳴と重い物が柔らかい地面に倒れる音がした。
音の正体は、すぐに分かった。
麻倉が、地面に引き倒されている。その襟元には、犬が咬みついていた。マンドラゴラにやられた二人組が連れていたやつだ。
いや、訂正しなくてはならない。
マンドラゴラにやられた二人組ではなく、正しくはマンドラゴラにやられたように見せかけていた二人組、と言うべきだろう。
何のためにそんなことをしたのかは知らないが、この私の目を欺くとは舐めた真似をしてくれるではないか。
「こいつらをしっかりおさえておけ。俺は本命の方を確保しにいく」
パーカーの男がレザージャケットの方に声をかけると、有馬とマンドラゴラが去って行った方角へと消えた。
「さてと、こいつの命が惜しかったら、おとなしくこちらの言う通りにしてもらおうか?」
残されたレザージャケットの男は、足元にちらりと目をやりながら言った。
一瞬動かした視線の先には、犬に背を押さえ込まれてしまった麻倉がいる。そして、その太短い首は、大きく開かれた犬の顎に挟まれていた。
とはいえ、現段階では未だ甘噛みとすら言えない。単に開いた口を当てていると表現するのが適当だろう。まだ何もしていないが、合図さえあればいつでも首筋を食いちぎれる、そういう状態だ。
なるほど、こちらがおとなしく言う通りにしなければ、そうなるぞ、というわけか。それでは仕方が無い。
「あ、そいつの命はべつに惜しくないんで、目一杯抵抗させてもらいます」
仕方が無いので、麻倉には見切りをつけることにした。見限り見捨てて見殺すことにした。
「こ、琴家、てめぇ⁉」
「何言い出すんですかルルさん⁉」
「え、マジで? 俺、この仕事それなりに長くやってるけど、一般人でそんなあっさりばっさり仲間を切り捨てにくる奴、初めてなんだけど」
三方向から同時に非難轟々ときた。これでは、まるで私一人がおかしいみたいではないか。心外だ。甚だ心外だ。
「だって、班長が悪いんですよ? これまで全然、他人に命を惜しまれるような生き方をしてこなかったから、こうなるんです。もうちょっと人徳あふれる班長だったら、私だって少しは申し訳なく思いながら見捨てたのに」
「どっちにしろ見捨てるんじゃねぇか!」
レザージャケットの男は、頭痛が痛いとか言い出しそうな表情でこめかみを押さえつつ、私の麻倉の口論を聞いていたが、やがて、ふー、と溜息をついて頭を振った。
「どうも、そっちのお前から無力化させておいた方が良さそうだな」
男が、手振りで犬に合図を出す。犬は麻倉の首から口を放し、一直線にこちらへと向かって来た。
そして、次の瞬間――犬は、地面をのたうち回っていた。
ふむ、実際に動物に向けて試すのはこれが初めてだが、このトウガラシスプレー、効き目はなかなかのようだ。
タコの一件の後、不審な視線を感じるようになったのでスタンガンとともに常時携帯するようにしたアイテムの一つである。持ってて良かった、トウガラシスプレー。
「え、マジで?」
男の口から、さっきと同じ言葉が漏れた。
まあ、驚くのも無理は無いかもしれない。そもそもこんなものを普段から持ち歩いている人間自体少数派だし、それをこうも素早い判断で使える人間となると、更に稀だろう。
実際のところ、犬の動きを見てから反応していたのでは、絶対に間に合っていなかった。男の方が合図を出すのを見た瞬間にスプレーを吹きつけたからぎりぎり間に合ったといったところだ。
犬が倒れているのは、私のすぐ傍だ。そこそこ距離は開いていたにも関わらず、間合を一瞬で詰められていた。飼い主の合図を待たず、犬自身の判断で襲いかかってきていたら、どうにもならなかっただろう。
そこが、野生のUMAの場合とは違う。人間の指令に従うことが、動物自身にはできない高度な状況判断に基づいた行動を可能にする場合もあるのだろうが、逆にこうして足を引っ張られることもあるわけだ。
「マジかー。マジかー」
レザージャケットの男は、ポケットに両手を突っ込んだまま、馬鹿みたいに同じ言葉を繰り返している。もう少し語彙力を上げた方が良い。
しかし発言同様に馬鹿みたいなその表情は、私の不安を掻き立てた。
余裕がありすぎるのだ。
こいつ、犬以外にも何か手があるのか? 手を突っ込んでいるポケットに、武器でも隠し持っているのだろうか?
しかし、私の予想は外れた。
より悪い方に。
「マジで、あっちの人達に頼ることになっちゃうのかー」
男は、ポケットから右手――何も持っていない――を出すと、上を指差した。
つられて上を見上げる。
一瞬の後、これはこちらの注意を逸らし、その隙に何か仕掛けようというトラップで、それにまんまと引っかかってしまったのではないかと焦ったが、そうではなかった。
見上げた私の目に映ったのは、真上から降ってくる網。避ける暇など当然無い。為す術無く、絡み取られてしまった。
そしてその網越しに、すぐ上をホバリングするヘリが見えた。
そういえば、こいつが犬をけしかけてくる前からヘリのローター音が聞こえてきていた。てっきり救助のヘリだと思っていたのだが……。
「そういえば、呼んだ救助のヘリにしてはやけに到着が早いし、何かおかしいとは思ってたんだ」
畜生、こんなところに見落としがあったとは。マジか、はこっちの台詞だよ。
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