第二章:UMA探偵と魔草の絶叫-4
もう聞こえていないのではないかと危惧したが、どうやらちゃんと声は届いていたようだった。
「分かっている。こいつはきっと……」
だが、こちらへ向けられた返答は、途中から聞き取れなくなってしまった。
そう、あのマンドラゴラは植物じゃない。
最初は角に見えた突起の先に、目がついているのを見た時、私はそれに気がついた。
もちろん、歩く植物(実際には歩くというよりは跳ねるといった方が良さそうだったが)という時点で既に非常識なので、どうせ非常識なら目がある植物というのがあっても別に良いのかもしれない。しかし、突起の先端に目があるという特徴を意識してから改めて全体を見ると、あるものに似ていることに気がついたのだ。
ナメクジだ。
大きさと色がかなり違うせいで初見での印象は大きく異なるが、ナメクジを尻尾で立たせて首から背にかけて葉っぱをつければ、ちょうどあんな感じになる。
花とか葉に擬態する昆虫もいるというし、それなら同様に植物に擬態する大型ナメクジがいたとしてもおかしくはないだろう。
もちろん、あのマンドラゴラの正体がナメクジだったとしても、まだいくつかの謎は残る。
たとえば、どちらかと言うと日陰を好みそうな印象があるナメクジが何故、マンドラゴラが植物であることを前提とした有馬の推理通り日当たりの良い所にやってきたのか、とか。
あるいは、どうやって二人の男を殺したのか、とか。
しかし、私は別にUMA探偵ではないので、そんなことは知ったことではない。
「さて、有馬には倒れてる二人を頼むって言われたけど、どうするかな」
「救助ヘリを呼んでおきました」
「おお、さすが矢部っち。対応が早い。ヘリか。確かにこんな細い山道、救急車は入ってこれないしね」
「前の職場の時も、こういう山中での撮影で急病人が出たことがあったんで、どうすれば良いか知ってただけですよ」
「よし、だったらここは俺に任せて、お前らは有馬の後を追いかけて、あれを撮影してこい」
麻倉の言葉に、矢部が目を剥く。
「そんなことしてる場合ですか?」
「じゃあどんなことしてる場合だよ。ここにいたってヘリが来るのを待つだけだろ?」
「それは……応急処置とか」
「マンドラゴラの叫び声でやられた人間にどんな応急処置をすれば良いかなんてお前に分かるのか」
「う……そう言われるとそれはそうなんですが」
麻倉の言うことにも一理あるのだが、矢部は納得しかねているようだった。それはそうだろう。矢部は私のように冷血無情にして冷酷無慈悲ではない。シンプルに合理的かどうかというだけで、自分の感情を納得させることはできないのだ。
例えば、目の前で人が事故にあったとして、救急車が来るのを待つ間にゲームをやることに抵抗を感じる人間は多いだろう。仮にゲームをやらなかったところで、右往左往するだけで何の役にも立たないとしても、だ。
それと似たようなものである。
「そもそも俺らが何しにここに来たと思ってるんだ? それにお前、この間、カメラ壊したろ。俺の口添えのおかげで、経費で新しいカメラ買えたわけだが、社に損害与えたんだから挽回しないとなぁ?」
麻倉は『俺の口添えのおかげで』の部分を強調したが、多分そんなもの無くても、カメラ代くらいは経費で落ちただろう。撮影班がカメラ無しでどうすると言うのだ。
ちなみに、カメラを壊したというのはこの前のバッタの時の話だ。厳密には壊したというよりは壊されたで、バッタの出現前に、東雲の仲間の兵士があの施設の映像を撮られているとまずいと考えたのか壊してしまったのである。おかげであれほど危険な目にあったというのに、何の成果も得られなかった。
「う……分かりました」
なんと、矢部は押し切られてしまった。
この前はバッタ掃討作戦の実行役に自主的に志願し、見事遂行したからこいつにもこいつなりの強い意思はちゃんとあるのかなと見直したのに、結局あれ以前となんら変わらない優柔不断ぶりである。まったく、見るに耐えない。
「じゃあ、ルルさん、行きましょうか」
「あんたさぁ、もうちょっと……まあいいや」
私がどうこう言うことでもないだろう。
そんな会話をしているうちに、近づいてくるヘリのローター音が聞こえてきた。タコの時の島での一件があるので、この音を聞くと一瞬どきっとしてしまう。しかし今回は、ヘリを呼んだのは私達である。
「ほら、ヘリも来たみたいだし、こっちはもう大丈夫だ。さっさと行け行け」
麻倉が右手でしっしっと犬でも追い払うような仕草をする。何かにつけていちいち態度が癇に障る奴だ。
「チッ、仕方無い。行くか」
踏み出そうとした時、背後から視線を感じた。が、背後には麻倉と矢部がいるんだから当たり前かと思い直し、振り返らずにそのまま行こうとする。
ところが、その背後から声がかかった。
「おっと、それは困るよ。君達はここにいてもらわないと」
ん?
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