第二章:UMA探偵と魔草の絶叫-3

「うわぁ、何この音!」


 私は思わず耳を塞ぐ。

 黒板を引っ掻く音のような不快感があった。

 悲鳴のように聞こえないこともないが、まさかこれがマンドラゴラの絶叫か? 私、聞いちゃったけど死ぬの?


 恐怖で振り返った体勢のまま硬直する。

 心臓がばくばくする。これは、単に恐怖と緊張によるものなのか?

 それとも?

 冷や汗が流れ落ちた。

 麻倉も顔面蒼白になっている。まだイヤーマフをしていなかったレザージャケットの男も、ついさっきまでにやついていたその顔が固まっていた。


 しかし――少し待っても、何も起こらなかった。少なくとも、私の体には。


「い、生きてるよな、俺達……?」

 麻倉が自分の体を見回しながら、恐る恐るといった感じで尋ねる。

 お前はもう死んでいる、とか言ってやりたくなった。そのくらいには、私の精神は余裕を取り戻しつつあった。

 レザージャケットの男も、脂汗をかきつつも不快なニヤニヤ笑いを取り戻した。

「はは……なんだよ、驚かせやが」


 その言葉が、唐突に途切れる。


 なんだ、どうした――と思っているうちに、レザージャケットの男はどう、と倒れた。ほぼ同時に、パーカーの男も地面に突っ伏した。

 生贄にするために連れて来られたとも知らない犬が、きゅーんきゅーんと不安そうな声をあげながら、倒れたレザージャケットの男に鼻を寄せる。


 し、死んだ?

 マンドラゴラの声で?

 でも何で私や麻倉、矢部は何ともないんだ? 私達だって、確かにあの絶叫を聞いたのに。

 それに犬も。2メートルより少し離れているとはいえ、犬の耳は多分、人間より良いはずだ。イヤーマフをしていたパーカーの男などよりは、よほどよく聞こえていたはずではないだろうか。


 脳内を多数のクエスチョンマークが飛び交う中、一つの動きが私の目を引いた。

 マンドラゴラの葉が、もぞもぞと動いている。かと思うと、跳ねるような動きでその根っこ部分が地上に姿を現した。

 さっきの映像では、他の植物の陰に隠れて見えなかった部分だ。


 伝説では、マンドラゴラの根っこは人間の形をしているというのが定番だ。だが、実際に目の当たりにしたそれは、どう見ても人の形には見えなかった。

 一本しかない足で立つその姿は、スキヤポデスとかいうゲームにも出てくるモンスターを連想させる。しかしその他は、スキヤポデスとも全く違っていた。


 まず、手が無い。そして、どこまでが頭でどこからが胴体なのか、そしてどこからが足なのかもよく分からない。

 それこそ、人型というよりは、まだ柔軟性のある大根といった方が近いような形状だ。ただし、大根よりはやや平べったい。根も葉と同じようなアロエの断面っぽい質感をしているが、こちらは白っぽい色をしている。

 葉は、恐らく頭頂部のすぐ後ろあたりだと思われる部分から背中にかけて生えているが、それとは別に、頭の先端あたりに短めの角っぽいものがついている。もっとも、角も体の他の部分と同様に柔らかそうなので、恐らく武器にはならないだろう。

 そこまで考えたところで、私の目はその角に吸い寄せられた。


 んん?

 この角って、もしかして……。


「さっきの声、もうマンドラゴラを抜いてしまったのか⁉」


 私があることに気づいた直後、有馬が駆け込んできた。

 それに反応したのか、それとも最初からそのつもりで地中から出てきたのか、マンドラゴラはぴょん、と私達がいるのとは逆の方向へ跳ねた。そのままぴょんぴょん跳ねて逃げて行く。

 やはりスキヤポデスか、あるいは唐傘お化けのような動きだ。


「君達は、そこの倒れている二人を頼む! 私はこれ以上被害が出る前にあれを掴まえる!」

 有馬はそのまま速度を緩めずに、私達の横を通りすぎ、マンドラゴラを追っていった。

 その後ろを、例の牽引用ドローンがガサガサと音を立てながら追いかける。しかしどうやら有馬の足についていけるだけの速度は出ないようで、どんどん引き離されてしまっていた。


 どうしよう。さっき気がついたことは伝えておいた方が良いだろうか。

 私は一瞬、その必要があるか迷ったが、結局、遠ざかっていく有馬の背に向けて叫んだ。


「有馬! そいつは、そのマンドラゴラは植物じゃない!」

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