第二章:UMA探偵と魔草の絶叫-2
「聞きましたー、班長? あれ、触ったり近づいたりしただけで死ぬらしいですよー……って、やべ、もう行っちゃったわ」
さて、どうしようか。何しろ麻倉はただでさえ死んでもあまり同情する気になれないクズ上司だし、特に今回は死んでも自分が欲の皮つっぱらせたせいなので完全に自業自得である。放っておいても良いのだが、巻き添えで矢部まで死んだらそちらは多少はかわいそうではある。
まあ、あっちはあっちで、優柔不断の意志薄弱故の死なのだと考えれば、それもまた自業自得と言えなくもないのだが。
「……まあ、だからって見捨てるにはまだちょっと早いよなー。やれやれ、仕方無い」
私も二人の後を追って来た道を戻った。
二人の背中が見えてくるよりも先に、犬の吠える声が聞こえてきた。更に進むと、犬に吠えられて立ち竦む麻倉と矢部の姿が目に入る。
「オッサンらさぁ、これ見つけたの俺らが先なんだから、横取りしようとしてもらっちゃ困るよ?」
レザージャケットの方の男が、にやつきながらヤンキーじみた口調で言い放った。それに合わせるように、犬が再び吠える。
ゴールデン・レトリバーとかドーベルマンとかそういう私でも知っているような有名な犬種ではなさそうで、もしかしたらただの雑種とかかもしれない。しかし犬種はともかく、体格は立派で声も大きい。それに吠えられて、麻倉はすっかりたじたじになってしまっている。
おやおや、叫び声で人をも殺すマンドラゴラを捕まえに来たというのに、たかが犬の声にこんなビビってるなんて、情けない限りだな。
なんてことを考えていたら、それが伝わったわけでもないのだろうが、麻倉が振り返った。
「おい、琴家、あれ何とかできないか?」
「有馬のスピアガンがあれば、犬の一匹や二匹爆殺できますけど?」
とりあえずそう返してみる。
「愛犬家が憤死するようなことさらっと言わないでくださいよ……」
矢部が呆れた様子で口を挟んだ。
別に本当にやるつもりはない。そもそも今は有馬がいないからスピアガンも無いし、逆に有馬が来たなら私が出しゃばらなくても犬くらいどうとでもできるだろう。何しろ様々な未確認動物を相手にしてきたUMA探偵なわけだし、確認済み動物である犬くらいいくらでも対処できるはずだ。
レザージャケットの男と犬がこっちの相手をしている間に、パーカーの男の方がマンドラゴラにロープを結びつけていた。用心のためか、こちらの男は既にイヤーマフをしている。
さっき見た映像でマンドラゴラが動きを止めた時、まだこいつらは来ていなかったはずで、動いているところを見たわけでもないのにどうしてそれがマンドラゴラだと分かったのだろう、と一瞬疑問に思ったが、改めて近くで見るとその疑問は簡単に氷解した。
一目瞭然で、普通の植物とは違うのである。長さ数十センチくらいある葉はやや肉厚で、縁の部分が波打っている。茎らしい部分は無く、地面から直接葉が生えているような感じである。
しかし最大の特徴を一番しっくりくる表現を使って言うと、なんというか……ぶよぶぶよした感じがするのだ。ゼリーとか寒天とか、ああいうものに緑の絵の具を混ぜ込んで、葉っぱの形に固めたような印象である。植物で言うなら、アロエを切った時の断面とかがちょっと近いかもしれない。触ったら柔らかそうだ。
そこまで考えて、ついさっき触ったらダメだとカクコに言われたばかりであることを思い出した。それと同時に、まさにそのダメなことをパーカーの男がやっていることにも思い至る。
「ちょっとそこのあんた、それ、引き抜こうとしなくても触っただけで死ぬかもしれないらしいんだけど⁉」
急いでパーカーの男に声をかける。しかし相手は、こちらをガン無視して作業を続けた。
「バーカ、そんなハッタリ誰が信用するかよ。マンドラゴラは抜く時に叫ぶっていうのが常識だろ。っていうかそもそも今のあいつには聞こえてねーしな」
レザージャケットの男がせせら笑った。
確かに、マンドラゴラの叫びを防ぐために用意したようなイヤーマフなら、私の声なんて通すはずもないだろう。
まあいいや。私はちゃんと警告したのだ。それで言うことを聞かなかったのなら、それは向こうの責任である。
……いや、本当に良いのか?
私は、急に不安を覚えた。
罪悪感とか責任感とかではない。不安である。
カクコは、2メートル以内に入ると危険と言っていた。
現在の位置関係で言うと、レザージャケットの男はマンドラゴラから1メートル半くらい。それよりも前に出てこっちを威嚇している犬の位置は恐らく2メートル以上離れており、私達の位置なら4メートル以上は離れているだろう。
つまり、私達の位置は安全圏に入る――とさっきまで思っていたのだが、よく考えたら、2メートル離れているのと4メートル離れているのとでそんなに叫び声の聞こえ方が変わるとも思えない。
もしや、カクコの言っていた『2メートル以内に入ると危険』というのは、その範囲に入ると叫ぶのを誘発してしまうという意味で、叫ばれてしまったら2メートル離れていようが4メートル離れていようがどっちにしろダメなのではないか。
となると、パーカーの男がこちらの言うことを聞かずにマンドラゴラにロープを巻く作業を続けている以上、さっさと逃げるに限る。
「班長、矢部、あいつらのせいでマンドラゴラが叫んだら私らもヤバイんで、さっさと逃げましょう!」
二人にそれだけ告げると、すぐに反転して来た道を早足で戻り始める。いや、もう早足とかじゃなくてなりふり構わず走った方が良いかな?
「おっ、おい、あれがどれだけの金になると思ってるんだ⁉ そんな簡単に諦められるか!」
そう言いつつも麻倉は追いすがってくる。一人取り残されそうになった矢部も慌ててついてきた。
「そうやって欲の皮つっぱらせた奴が死ぬっていうのがパニックホラーではお約束ですよ。金は命より重い……! って思うんだったら止めませんけど!」
振り返ってそう言い返したその時……。
キィィーーーーーーーーヤァァァァーーーーーーーーーーーーーー
甲高い音が辺り一帯に響き渡った。
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