第一章:UMA探偵とUMAの山-5

 結論から言うと、どのカメラにもマンドラゴラらしきものは映っていなかった。ほとんどのカメラは、設置した直後に去っていく私達の動きに反応してそれを撮影した後は、無反応のまま。たまに作動した記録が残っているものがあっても、映っているのは何てことのない鳥や小動物ばかりだった。唯一、六台目のカメラのみが継続して撮影を続けているが、それは私達が設置箇所であるここでうろうろしているのだから当然である。


 まあ、そう簡単に見つかったら苦労はない。いつかの有馬の言葉ではないが、そんなすぐに見つかるようなものならとっくにUnidentifiedでもMysteriousでもなくなっているだろう。


 その後もしばらくカメラから送られてくる映像を見続けたが、特に変わったものが出てくる様子も無く、麻倉はいち早く興味を失ってしまった。矢部やイトウも飽きてきたようだったので、私は端末をイトウに貸してもらうことにした。

 監視カメラを使う側の立場というのが、私は好きなのだ。

 なにしろ、こちらは見られることなく、一方的に相手を見ることができる。最高だ。


 有馬は順調に新たなカメラを設置していっているようで、監視可能なポイントが見ている間にどんどん増えていく。ただし、カメラ自体はセンサーが付近で動くものを検知しない限り作動しないため、ほとんどの画像は真っ暗なままだ。

 と思っていたら、三台目のカメラに反応があった。


 映っているのは――人間だ。

 だが、有馬ではないし、もちろん私達の中の誰かでもない。二人組の若い男だった。一人は、上はタートルネックのシャツに黒のレザージャケット、下は同じく黒のレザーパンツにブーツ、もう一人はパーカーにジーパン、そして背中にはバックパックという出で立ちだ。何故か二人とも、首にごついヘッドホンをかけている。


 最初はただの登山者か山菜採りに山に入った人あたりだろうと思ったのだが、気になる点があった。犬を連れていたのだ。登山にしろ山菜採りにしろ、犬連れで来るという話はあまり聞かない。

 普段だったら、そんなことは気にもとまらなかったかもしれないが、ついさっき、矢部からマンドラゴラの採集時には犬に引き抜かせる、という話を聞いたばかりである。

 二人と一匹はすぐにフレームアウトしてしまった。センサーカメラの認識範囲内から動くものが無くなってしばらくすると、画面が暗転する。

 私は矢部達を呼び寄せて、さっきの映像をもう一度再生して見せた。


「どう思う? 熊とかを警戒して犬を連れてきたって可能性もあるけど」

「ちょっと貸してもらって良いですか?」

 矢部は目を近づけて画像をじーっと見ていたが、やがてタブレット端末を私に返すと、矢部にしては自信ありげな口調で言った。

「この人は、俺達と同じようにマンドラゴラを捕まえにきた可能性が高いと思います」

「なんでそう思うのさ?」

「これ、見てください」

 矢部は、二人組が揃って首にかけているヘッドホンを指差した。

「ヘッドホンが何か?」

 確かに山にヘッドホンを持ってくる必要性はよく分からないが、それとマンドラゴラとどう関係が……いや、もしかして。

「もしかして、大音量で音楽を流すことで、マンドラゴラの叫び声を聞こえなくするってこと?」


 自分は離れた場所で待機し、マンドラゴラを引き抜くのは犬にやらせるにしても、実際のところ叫び声がどこまで届くのか分からない。しかし引き抜かれた後のマンドラゴラが動物や他の人間に持って行かれたり、自力で逃げ出したりする前に回収しなくてはならないことを考えると、あまり離れ過ぎるわけにもいかない。となれば、何か音を防ぐものがあった方が安心だ。


 だが、他の音を大音量で聞くという手は、はたして有効なのだろうか? その場合、マンドラゴラの叫び声は聞こえていないわけではなく、他の音にまぎれているだけで実際には聞こえているということになるのではないか。それでも叫び声による死は回避できるのだろうか? だいたい、人を殺せるようなレベルの声をかき消そうと思ったら、それに使う方の音もそれこそ殺人レベルの音量が必要になるのではないか?


 しかし矢部は予想外の答えを返してきた。

「いえ、これはヘッドホンじゃありません」

「ヘッドホンじゃない?」

「ぱっと見ではヘッドホンに見えますが、これは音をシャットアウトするためのイヤーマフです。騒音が酷い工事現場とかじゃあるまいし、こんな山の中でそんなものが必要になるケースというのは普通では考えられませんから、犬を連れて来ていることと併せて考えてもマンドラゴラ対策と考えるのが自然でしょう」


「まあそりゃあ、プロであるUMA探偵の師匠はともかく、あなた達のところにまで情報が届いてるくらいなんスから、マンドラゴラの噂があちこちに広まっててもおかしくはないッスよね」

 それはそうかもしれないが、そんなバカな話を真に受けてわざわざ山までやって来る様な物好きが他にもいるとは思わなかった。

「おいおいおい! 暢気にそんな話してる場合かよ! そいつらに先を越されちまったらどうするんだ⁉」

 麻倉がぐいぐい身を乗り出してきた。

 そんなに近寄るなよ、暑苦しい。


「まあ多分大丈夫じゃないッスか。師匠ですらそう簡単には見つけられない感じだったのに、素人にそうそう見つけられるもんじゃないでしょう」

「多分じゃ困るんだよ、多分じゃ! くそっ、有馬の奴は何たらたらしてるんだ」

 自分は率先して休みだしたくせに、どこまでも勝手な男である。というか、仮に有馬がマンドラゴラを見つけたとして、おこぼれがもらえると思ってるのか、こいつは。撮影くらいはさせてくれるかもしれないが、マンドラゴラ自体を分けてもらおうというのはさすがに都合が良すぎだと思うのだが。


「困るって言っても、じゃあどうするんです? 有馬さんに任せっきりにせずに、こっちでも探し始めるんですか? まさか、さっきの人達を妨害するってわけじゃないですよね?」

 麻倉は押し黙る。文句だけは達者なくせに、自分が案を出せと言われるとノープランなのだ。


「まあ僕らとしても、そのマンドラゴラの正体次第では下手に民間人の手にわたるのはまずいと思ってるッスから、妨害に手を貸さないでもないッスよ?」

「だ、だよな! そんなすげーものが民間人の手にわたるのはまずいよな!」

 麻倉は自分もその民間人だという自覚が無いのだろうか?

 というか、イトウが手を貸す妨害なんて想像したくもない。なにしろこいつは、拷問にかけるとか薬を使って廃人にするとかそんなことを平然と言い出すような男だ。さっき見た少女に懐かれてる写真を思い出すと、ギャップが半端ない。いや、でもヒトラーも知人の子供には優しかったって言うしな。


「ん?」

 その時、私はまた別のセンサーカメラが作動し始めたのに気がついた。今度は四台目だ。私達が通ったのと同じルートを、さっきの犬連れの一行がたどっているのだとすれば、彼らが三台目の次に四台目のカメラにひっかかったとしても何もおかしくはない。しかし三台目と四台目は少々距離が開いているので、タイミング的に少し早すぎる気がする。


 また何かの動物か、それとも別ルートで進んできた他の人間かと思ったが、何もいない。いや、葉が上下に動いていることを考えると、その下に何かいるのか。

 そこで私はハッと気がついた。

 葉は上下に動いているだけではなく、前に進んでいる。幅広で縁が波打っている葉が六枚揃って、移動しているのだ。

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