第一章:UMA探偵とUMAの山-4

「マンドラゴラの気持ちだぁ? 何だそりゃ」

「もし自分が歩き回れる植物だったとしたらどこに行きたいか、ということさ。動物なら餌のある場所に現れるだろうという話をさっきしたけれど、植物の場合、それに対応するのは日照条件の良い場所だ。光合成に都合が良いからね。普通の植物なら自分で日当たりが良い所に移動するなんてことはできないけれど、歩き回る植物だったらそういう所へ行こうとするだろう。というわけで、衛星写真を元に、木がまばらで背の低い植物でも多くの日光を獲得できそうな所を回っている」


 ただ闇雲にカメラを設置してまわっているわけではないと分かったのは良かったが、日照条件の良い所なんていくらでもある。それらを虱潰しにまわるというのであれば、途方も無い作業であることに変わりはなかった。

 そしてその途方も無い作業に真っ先に文句をつけたのは麻倉だったが、真っ先にへばったのは意外なことにカクコだった。


「……すまないが、私はもう歩けない。私のことは良いから作業を続けてくれ」

 六個目のセンサーカメラを設置している最中、そう言うが早いか、足を前に投げ出して座り込んでしまった。

「なんだい、もう疲れたのか、カクコさんは。そんなことでよく政府の極秘機関のエージェントが務まるね」

「べっ、べつに疲れたわけではない。ただ暑くて暑くて……」

 それはまあ、そんな全身くまなく覆う様な服装で歩き回れば暑くもなるだろう。しかし疲れたわけではないというわりには、随分と息を荒げているので、さっきのはただの強がりなのかもしれない。


「すみません、UMA探偵の師匠。カクコさんは箸より重い物も持ったことが無い様なお嬢様育ちなんで、体力が無いのは勘弁してあげて欲しいッス」

 イトウの言葉を耳にした矢部が、ぼそりと呟いた。

「前に東雲さんを倒した時は、人間離れした動きしてましたけど」

 ちょうど私が東雲にボコられて倒れていた時なので、私には記憶が無いのだが、そういえばそんなこともあったらしい。

 それにしても、如何に山歩きには不向きな格好をしているとはいえ、東雲に一瞬でやられたイトウより先に、東雲を倒したカクコの方がへばるとは、おかしなこともあったものである。瞬発力と持久力は別なのだろうが、それにしたって有馬も苦戦したという東雲を倒す域に達するには相当身体を鍛える必要があったはずで、その過程で持久力もつきそうなものだが。


「カクコさんを一人でおいておくのは心配なんで、僕も残るッス。師匠、後のことはお任せしました」

「じゃあ俺もここで休むことにした。琴家、矢部、マンドラゴラを見つけたらすぐ連絡するんだぞ」

 麻倉も便乗し、勝手なことを言ってさっさと座ってしまった。


 有馬は溜め息をつき、呆れたように頭を振った。

「なんだい君達は。揃いも揃って情けない限りだね。いったい何をしに来たのやら。この分だとあとの二人もすぐにへばってしまうんじゃあないかな。じゃあもう全員ここで私が戻るのを待っていなさい。あんまりあちこちで脱落されて迷子になられたりUMAに襲われたりしたら面倒だからね」

 そう言うが早いか、私達の返事も待たずにさっさと行ってしまった。

 私はまだ全然歩けたのだが、歩きたいわけではけっしてなかったので、これ幸いとばかりにその場に留まることにした。


「……まあ何もせず待つっていうのも退屈ッスから、これまでに仕掛けたカメラの映像でもチェックしておくッスか?」

 そう言うとイトウはバックパックからタブレット端末を取り出した。確かに手持ち無沙汰ではあるので、私も横から覗き込む。考えることは同じだったのか、矢部と麻倉も集まってきた。カクコだけは、その元気すらまだないのか、最初に座り込んだ位置から動かずにいる。

「ええと、どれだったかな……。確かこれを、あ、違った」

 イトウは間違えて、フォトギャラリーを起動してしまった。

 私の目は、そこに並んだ写真の一枚に釘付けになった。


 イトウが、一人の少女と並んで写真に写っている。イトウの外見から考えると、それほど昔のものではなさそうだ。せいぜい二、三年前といったところだろうか。

 サングラスをかけていないイトウの素顔というのを、私はこの時初めて見た。やや頼り無さそうではあるものの、見ようによっては可愛いと言えなくもない顔立ちで、人によっては母性本能をくすぐられたりしそうではある。

 もっとも、私にはそんな本能など無いが。


 しかし私の目を引きつけたのは、もう一人の少女の方だった。べつに、見知った人物だったというわけではない。むしろ逆に、絶対に見たことが無いと断言できた。これほどの美少女は見たことがないし、仮に見たことがあったら忘れるわけがない。

 年頃は十代前半、恐らく小学校の高学年くらいだろうか。陶磁器のような滑らかで白い肌、やや銀色に近い色の金髪、グリーンの目は北欧あたりの血筋を連想させるが、全体的な顔立ちはどこか日本人じみているようにも見える。まるで人形のように綺麗な、と評することもできないではないが、個人的にはその表現はいまいちしっくりこなかった。というのは、その笑顔は溌剌としており、写真からでも人形のような静的な印象は感じられなかったからである。

 あえて表現するなら、エルフとか……翼を無くした天使とかだろうか。うわ、我ながら陳腐過ぎて身の毛がよだつな。


「これ、最近買ったばかりなんで、あんまり使い慣れてないんスよね。データ移行にもけっこう手間取っちゃって。何でこんな使いにくいUIなんだか。そうだ、確か……」

 フォトギャラリーを閉じようとするイトウの手を麻倉ががっしと掴んだ。

「おい待て、なんだこのすげえ美少女は」

「え? ああ、この子は……お友達ッスよ」

「お友達だぁ? どういうお友達だよ、このロリコンめ」

「心外ッスねぇ。僕にそんな趣味は無いし、この子ともそんな関係じゃないッスよ」

 確かに、写真の中で少女の方は純粋無垢、純度百パーセントといった感じの笑顔なのに対し、イトウの方はちょっと戸惑ったような苦笑である。あえて表現するなら、元気な親戚の子に振り回されて少し疲れつつも、仕方無いなぁと許しているような、そんな表情だ。


「可愛いでしょ? ちょっとおでこが広いところがチャームポイントなんスよね」

 そこ? そこなのか? いや、確かに言われてみればそんな気もするけど、もっと他に注目すべきポイントはいくらでもあるだろう。

「ああ、可愛いな。ちょっとお前、今度この子連れて来いよ」

「いやいや、それは無理というものッスよ」

「そうですよ! 班長なんかをこんな可愛い子と会わせられるわけないでしょう。会って何をするつもりなんですか!」

 私も思わず口を挟む。


「別に何もしやしねーよ。俺は綺麗なものは汚すことなく綺麗なままで見ていたいタチなんだ」

「うっわ、キモッ! キモッ!」

「琴家、お前、上司に向かってその口の聞き方はなんだ。綺麗なものを汚したがる奴よりよほどマシだろうが!」

「その二択だったら確かにそうかもしれませんけど! でもキモいことに変わりはないですよ! 矢部っちも何か言ってやって」

「え……ああ、確かに可愛い子ですけど、俺にとっては鳴子の方が……」

 メイコ? 誰だそれ。あ、例の死んだ元カノか。

「誰もんなこと聞いてねーよ!」

 どいつもこいつもキモいやつばかりだ。もう嫌だ、この職場。


「まあまあ皆さん、そんなに熱くならないでください。どのみちその子に会わせることはできないッスよ。なにしろ僕もその子については会えるものならすぐにでも会いたいっていう状況ッスから。それより、今はカメラにマンドラゴラが映ってないか見ましょうよ」

 イトウのその言葉で、とりあえずその場は収まった。

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