第一章:UMA探偵とUMAの山-3

 有馬は山中を歩き回っては、動くものに反応して撮影を開始するというセンサーカメラを設置していく。


「おい、他に何かもうちょっとパパッとできるようなやり方は無いのか⁉」

 一番乗り気だったくせに、一番に文句を言い出したのも麻倉だった。やはり太り気味の中年に山道は堪えるのだろう。


「これが動物だったら、食べ跡とか糞から食性を推理して、餌を入れた罠をしかけたり、獣道で待ち伏せたり足跡をたどったり色々な手があるんだけどね。相手が植物で普段は動かず生えているだけとなると、地道に変な植物がないか観察して探すか、あとはこうやってカメラを設置して動いたところを見つけるくらいしかないかな。もっとも、動きまわる植物なんてものが本当にいるのかについては、私は疑問に思っているのだけどね。動物と違って筋肉を持たない植物が歩くというのは、どうにも無理がある気がするよ」


「食虫植物とか動くやついるじゃん。ほら、なんて言ったっけ、あのパクっでするやつ」

「ハエトリグサですね」


「ハエトリグサが向かい合わせになった二枚の葉により構成される捕虫器を閉じて獲物を捕らえる動きは、見た目だけなら動物が咬みつく様に似てはいるけどね、しかし実のところ、あれは動物の口のように筋肉で開閉しているのとはまったく違うんだよ。ハエトリグサの葉は内部で上層と下層に分かれている。そして、上層は多くの水分を含んでいて、その水圧で膨張して延びている。しかし下層は上層と張り合わされているにも関わらず、水分量が上層より少ないせいで、同じように延びることはできない。上層が延びて、下層が縮めば、結果として葉は外側に反り返る。向かい合わせになった二枚の葉が両方とも外側に向けて反っているのが、捕虫器が開いた状態だ。ここで虫がとまると、その刺激を感知して、上層と下層を繋ぐ水門――アクアポリンというのだが――が開く。すると水圧の高い上層から水圧の低い下層へと水が流入し、上層と下層の延び具合が同程度になった結果、反り返っていた葉はまっすぐになる。これが捕虫器が閉じた状態だ」


「なにそのピタゴラスイッチみたいなの。いや、どっちかって言うと鹿威しかな? 溜めた水の力で動いてるわけだし」

「鹿威しは水圧ではなく溜まった水にかかる重力で動いているから、同じとまでは言えないけどね、しかし似ているところもある。それは、一度動いてしまったら、また水が溜まるまではもう一度動くことはできないという点だよ。捕虫器の開閉のうち、閉じる方は、水門を開いて水を上層から下層へ流出させるだけだから瞬時にできる。そうでないと、虫を捕らえることができないしね。しかしいったん閉じた捕虫器を開くには、また上層に水を汲み上げなくてはならないから、時間もエネルギーも使う。時間でいうと三日ほどかかるし、繰り返し開閉すると消耗して弱ってしまう。この仕組みは、歩くという連続した動作には不向きだよ」


「つまり歩く植物なんていないってこと?」

「歩くヤシ、ウォーキングパームとも呼ばれるSocratea exorrhizaという木は移動した例も報告されているけどね、これも自力で歩いているというのとはちょっと違う。この木は、何らかの要因――たとえば他の木が倒れてきてその巻き添えを食らうとか――で倒れてしまうと、倒れた場所で幹から新たな支柱根を出し、そこからまた上に向かって成長し始める。その結果として、同じ木が別の位置に移動して生えているように見えることから歩くヤシなんて呼ばれたわけだけど、今の説明からも分かるように、これも人間の目から見て歩いていると認識されるようなスピードで動き回れるわけじゃあない」


「じゃあやっぱり歩く植物なんていないってことじゃん」

 歩くヤシの例はいったい何のために話したのか。

 まあ、こいつのことだから単に蘊蓄を語りたかっただけなんだろうけど。

「いやしかし実際のところは分からないよ。なにしろこれは本来、私のようなUMA探偵の専門じゃあないからね。だってマンドラゴラはUnidentifiedでMysteriousであってもAnimalじゃなくてPlantなわけだし、そうなるとUMAではなくUMPということになるよね」


「つまり何だ、早い話、マンドラゴラがどんなものなのかはお前にも見当はつかなくて、結局こんな風に闇雲に歩き回ってカメラを仕掛けるしかないって言いたいわけか」

 麻倉がガックリと肩を落とす。

「いや、これは闇雲に設置しているわけじゃあないのさ。マンドラゴラの気持ちになって考えた」

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