第一章:UMA探偵とUMAの山-1

「一般人がこのあたりに入り込んでいるらしいと聞いて来てみれば、また君達か。……おいおい、そんなに嫌そうな顔をしなくても良いだろう?」

 有馬はそう言ったが、嫌そうな顔にもなろうと言うものである。パンゲアTVのリポーターとして怪しい噂の数々を追ってきた私だが、その中で実際に生きるか死ぬかという目にあった経験は二回しかない。そしてその二回ともが、UMA探偵を名乗るこの男、有馬勇真と関わった時である。

 

 こん畜生、この前のバッタの一件以来、足跡とか爪痕(多分、実際はUMAなどではなくただの狸や熊のものだろう)の映像で適当にお茶を濁す以前通りの平和な日々が戻ってきたと思っていたのに。


 肩を落とす私とは裏腹に、撮影班長の麻倉はテンションが上がっていた。

「おうおう、久しぶりだな、UMA探偵! お前がここにいるってことはあれか、ここにマンドラゴラが出るって話はやっぱり本当なんだな⁉」

 そう、今回私達がここへ来たのは、引っこ抜くと叫び声をあげ、その叫び声には人を殺す力があり、更には歩き回るという謎の草――マンドラゴラが出現したという情報を入手したからである。


「……にしても、今回の班長、やけに前のめりじゃない? いつもは実際に危険なものが出そうになったら自分だけさっさと後方に下がるのに」

 私は、麻倉に聞こえないように声を潜めて、隣にいるカメラマンの矢部に囁いた。

「マンドラゴラには不老不死の薬や媚薬としての効果があるっていう伝説もありますからね。うまく見つかればそれを自分で使ったり、売って大儲けしたりできるぞって考えてるんじゃないでしょうか。危険って言っても、向こうから襲いかかってくるシーサーペントとかとは違って、自分から引っこ抜こうとしなければ問題は無いわけですし」

 矢部も同じく小声でそれに応える。

「でも引っこ抜かなきゃ使うことも売ることもできないじゃん?」

「伝承では、訓練した犬に引っ張らせて引き抜くらしいですが……」

 現代だったら、動物愛護団体から苦情が来そうな話である。

 それに、そもそも私らは犬なんて連れてきていない。もし実際にマンドラゴラを見つけたとして、いったいどうするつもりなのか。まさか麻倉の奴、私か矢部に引き抜かせて成果だけ自分が持っていくつもりか。

 有り得る。

 この男なら有り得るぞ。

 そうはさせるか。冷血無情にして冷酷無慈悲、人を見殺し人を喰い、それに罪悪感一つ覚えないこの琴家ルルを舐めるなよ。いざとなったらまた有馬から武器を奪ってでも、貧乏くじとマンドラゴラは、必ずお前に引かせてやるぞ。


 私が背後から悪意と殺気を飛ばしているとも知らず、麻倉は浮かれた顔で有馬の話を聞いている。

「一応言っておくと、マンドラゴラ、別名マンドレイクは実在するナス科の有毒植物の名前でもあり、それはこのあたりには生えていない」

「んなみみっちいものの話はどうだって良いんだよ! お前だってそんなただの草のために来たわけじゃないんだろ? 大事なのは伝説の方のマンドラゴラ、叫んで歩いて不老不死の薬になるやつが出るかどうかだ」

「不老不死の薬になるという話はともかく、叫んで歩いて、ついでにその叫び声で人を殺すことができる植物が出たという情報は確かに得ているね。だからこそ、私達はここにいる」


 “私達”という言葉通り、有馬は一人ではない。

 同行しているのは、最初に有馬と出会った島の時にもいた怪しい二人組、有馬曰く『政府極秘機関のエージェント』であるイトウとカクコ……なのだろう、多分。

 多分、としか言えないのは、恐らくカクコと思われる人物の格好が前回と全く違うからである。

 島の時は全身黒尽くめにハーフミラーのサングラスという魔女とメン・イン・ブラックを混ぜたような格好だったが、今回は逆に全身白尽くめだ。ただし、色は真逆なれど、ロングスカートにゆったりした長袖の服という肌の露出がほとんど無くて体型も出づらい服装という点では前と同じである。


 相変わらず、自分を見せまいとする意志については私以上のものがあるらしい。それが最も現れているのが顔で、前回のサングラスに対し、今回は……なんと能面である。確か小面とかいう、女の顔のやつだ。

 不気味である。控えめに言っても不気味である。子供が出くわしたら号泣すること間違い無しだ。突然現れたら、大人でも絶叫するかもしれない。


「あの怪しいお面の人、カクコさんだよね? 多分」

 再び小声で矢部に意見を求めたが、悪いことに、今度は向こうにも聞こえてしまったようだった。

 しかし幸いにして、カクコの怒りの矛先が向かったのは私ではなかった。

「イトウ! やっぱり怪しいんじゃないか、これ。お前、今度こそ流行の格好で目立たないって言ったよな⁉」

 イトウはふー、と溜め息をついて天を仰いだ。

「カクコさん、勘違いしないで欲しいッスね。僕は流行に乗るのではなく、流行を作り出す男なんスよ。僕の前に流行は無くとも、僕の後に流行ができる。まあ見ていてください。じきに渋谷も池袋も今のカクコさんと同じ格好で埋め尽くされるようになるッスから」

「そ、そうなのか?」


 いや、なに真に受けてるんだ、この人。こんな怪しい新興宗教みたいな格好で渋谷が埋め尽くされたら完全にホラーだよ。

「そんなわけないじゃん」

「そんなわけないって言ってるぞ⁉」

「あれ、カクコさんは、まだ会うのが二回目のそんなバーサーカーよりも僕の方が信じられないって言うんスか? それは酷いッスよ……。僕が今までカクコさんのためにどれほどのものを投げうって尽くしてきたか……それなのに……オヨヨ」

 なんという下手な嘘泣きだ。擬態のプロとしては、苛立ちを禁じ得ない。こんなものに騙されるような人間は世界中探してもどこにもいないだろう。

 ――と思っていたのだが。

「す、すまない……。分かった、私はイトウを信じる」

 世界中探すまでもなくすぐそこにいたよ!

 ていうか、何だこのやりとり。カクコは天然の度が過ぎてもはやある種の萌えキャラの域に達してるぞ? 外見は今まで見た中で一番の不審者なのに、中身が萌えキャラってどういうことだ。

 あとイトウの奴、どさくさに紛れて私のことをバーサーカー呼ばわりしやがったな。失礼な奴だ。


 その自称・流行を作る男、イトウはと言えば、サングラスと迷彩柄のウインドブレイカーは前と同じであるものの、今回はその下に白地に黒で『世界一の中二』と大きく書かれたTシャツを着ている。こちらは間抜けな格好だ。控えめに言っても間抜けな格好だ。

 しかしこの間抜けな格好や言動とは裏腹に、このイトウが危険な一面を持つ得体の知れない人物であることを、島での経験から私は知っている。

 どこまで本気だったのかは知らないが、あの時は捕えた敵の工作員に薬物を投与して拷問するとまで言い出したのだ、この男は。

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