エピローグ「それらは闇へと潜伏する」

 は、土の中に潜み、頭上の騒ぎが収まるのをじっと待っていた。元々活発に動き回る性質ではない。土中でじっとしていることには慣れている。

 人間が地面を踏む振動が伝わってきた。彼らの話す声も聞こえてくる。もっとも、その意味を理解する能力は、には無い。


「生き残った者はこれで全員のようです、隊長」

「奴らは?」

「姿は見当たりません。車ごといなくなっていることやバッタがほとんど見られないことを考えると、我々が身を潜めている間にバッタをどうにかして逃げ出したようです。今からでも追いますか?」


 少し、間があった。


「……いや、こうも派手に炎と煙があがっていては、遠からず消防や、場合によってはマスコミや野次馬も駆けつけるだろう。この国では司法機関に対する我々の影響力はまだ小さい。下手に目立っては今後の活動に支障をきたす恐れがある。今はここに残っている我々に繋がりそうな証拠の隠滅を優先し、それが終了次第、速やかに撤収する」

「そういえば、社護衛官――いや、もう護衛官ではありませんでしたか――はどうしたのでしょう? 奴らを監視していたはずですが。逆に奴らに捕まってしまったのでしょうか? それとも、バッタどもを駆除して車でここから去ったのは彼女の方でしょうか?」

「あの女が奴らを捕まえたまま自分の意思でここから去ったのだとすれば上々だが、あの女にそこまで期待はできんな。逆に捕まって余計なことをペラペラ喋っていないことを祈るしかない。捕まったのならいっそ自害でもしてくれていた方が都合が良いのだが」


 話し声と足音は遠ざかっていき、やがて完全に聞こえなくなった。しかし、はまだ動かなかった。ここのところ、身の危険を感じる出来事が続いたため、用心深くなっていたのだ。


 は、元々この施設の一角に閉じ込められていた。もっとも、必要に迫られなければあまり動かないという性質である自身には、特に閉じ込められていたという意識は無い。ただ居心地の良い環境が用意されていたため、そこにい続けたというだけである。

 ところが、そこから人間の手によってどこかに運び出されそうになり、まさにその最中にバッタの襲来があった。その騒ぎに乗じて人間の手から逃げ出したものの、今度はバッタに襲われそうになり、慌てて土中に潜り込むはめになったのだ。


 人間達が去ってからしばらく経ち、が漸く地上に姿を現すと、その動きに反応して生き残っていた数匹のバッタが向かって来た。


 キイィィ――――――――ヤァァァァ――――――――――――――――ッ


 悲鳴のようにも聞こえる甲高い音が響き渡る。

 が発した音だった。

 そして、無謀にもに向かって来たバッタ達が次々と息絶えて地に落ちた。大規模な群れならいざしらず、この程度の数のバッタなど、にとってはどうということのない相手である。


 あたりを見回したは、あちこちで火が上がっていることに気がついた。一つの建物を除いては撤退する部隊が証拠隠滅のために火を放ったものだが、もちろんがそんなことなど知るよしは無い。ただ、は火が嫌いであり、最早ここはにとって居心地の良い場所ではないというその点だけが重要だった。


 は、炎を上げる建物から離れ、森へと向かった。


 ここには、の他にもいくつかの生物が閉じ込められていた。それらは全て、バッタに喰われ、あるいは炎にまかれて命を落としたのか。あるいは、人間達に連れられてここを去ったのか。

 ……それとも、と同様に自由を得たのか。

 それもまた、の与り知らぬところである。

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