第五章:UMA探偵と三つの理由-9

「なるほど。まあその対策ってやつは後で聞くとして、誰が行くの? 普通に考えたら運動神経とかUMAを相手にしてきた経験とかから考えて有馬なんだろうけど、手がそんな状態じゃあね」

「あ……」

 途端に、さっきまで活き活きとしていた有馬さんの表情が固まった。どうやらその点については何も考えていなかったらしい。


 今ここにいるのは俺、有馬さん、ルルさん、それに東雲(自称)の四人。

 荷台から出て、バッタが襲い来る中を潜り抜けて運転席まで行き、車を動かしてどこかの建物までたどり着き、そしてバッタを集めて火をつける……その役に本来であれば一番相応しい有馬さんは、ルルさんが指摘した通り、手錠をかけられた状態だ。

 能力的には、東雲あたりが次に来るのだろうが、敵である彼女がそうそう都合良くこちらの言う通りに動いてくれるとは考え難い。最初から拒否されるならまだ良いが、より厄介なのは表向き指示に従うふりをして後で裏切られた場合だ。

 そうなると、残りは俺とルルさんだけになる。

 基本的に自己犠牲の精神とは無縁、むしろ他人を犠牲にしてでも自分だけは生き残るスタンスのルルさんはそんな役回りは引き受けないだろうし、覇気の無い俺にそれが務まるとも思えない。


 とまあ、そんな風にでも考えているのだろう、。一度は活気づいていた場が、再び陰鬱に静まり返ってしまった。

 だが、俺はむしろ逆に、心のどこかにこの状況を喜ぶ気持ちがあった。

 

 そう思ったのだ。

 今この時こそ、自分がこの世から消え失せるべき時なのだ。

 今であれば、今、有馬さんやルルさん、それにこのままではバッタに襲われるであろう近隣の町の住民達を救う形で死ぬのであれば、

 何故もっと前ではなく……でもでもなく、今なのか。何故今の今まで図々しくも生きてきたのかについて、言い訳ができる。

 俺のせいで死んだ彼女に。

 俺のせいで不幸になった彼に。


「俺が、行きますよ」

 その言葉が、よほど意外だったのだろう。有馬さんもルルさんも、一瞬反応せず、ワンテンポ遅れてから、驚いたというよりはむしろ『聞き間違いかな?』とでも言わんばかりの怪訝けげんそうな表情をした。

「聞き間違いかな?」

 訂正。言わんばかりではなく、実際に言われてしまった。


「矢部っちそんな愛と勇気溢れるキャラだった? まー、私は危険な役回りは誰か他の人に押し付けられたらそれで言うことはないわけだけど?」

「いやいや、これは我々全員の命に関わる重要な役割なんだから、押し付けられたら万々歳とかそういう簡単な話ではないだろう!? あー、矢部君だったか、君、これがどれだけ危険な任務だか分かって言っているのかい?」

「分かっていますよ。あの人間を食べるバッタが飛び回ってる中、外に出るんですから、そりゃ下手するとすぐにバッタの餌ですよね。でも、誰かが行かなきゃいけないわけで、俺が行かないって言ったら、他に誰か行ける人います?」

「いや、まあ、それはそうなのだが……」

「まあ大丈夫ですよ。こう見えて俺、普段から撮影機材運んだりしてて体力だけはそれなりにありますし。少なくともルルさんよりは適任なんじゃないですか?」

 俺は微笑んでみせた。うまくできたと思う。実際のところ、覚悟が決まった今、俺は彼女が死んで以来初めてくらい安らかな気持ちになっているのだから。

 もっとも、その微笑みを俺の自信の現れと有馬さんが受け取ってくれたかは微妙だ。

「そうか……。まあ君がそう言うなら」

 口ではそう言いつつも、何かを懸念するような表情は消えなかった。


 その後、俺には手持ちの装備で可能な限りの防御措置が施された。

 手には滑り止めつきの手袋、顔も目だけを出してタオルなどで覆い、目には有馬さんが普段から装着している(といっても何故か目ではなく帽子の上につけているが)昔の飛空士のようなゴーグルをかける。そして、上着の袖と手袋の間や、顔を覆う布とゴーグルの間などの隙間はテープで塞いだ。ついでに、置いてあった有馬さんの替えの服を上から重ね着する。頭はその上から更に、上着のフードを被った。


「これでとりあえず肌が露出しているところは無くなったから、すぐにかじられるってことはないだろうね。あとはあのバッタのあごの力次第だ。万が一、カミキリムシみたいに木でも齧り取れるレベルだったら普通の服くらいすぐに穴を開けられてしまってもおかしくない。さすがにバッタの顎がカミキリムシレベルということはないと思うが、飛蝗化する肉食のバッタというのがそもそも前代未聞だ。となれば顎の力も未知数。くれぐれも油断はしない方が良い」

「油断するなっていうなら、そこの女からも服を剥ぎ取ってもうちょっと重ね着した方が良いんじゃないの? 矢部っち、そいつのパンツを頭から被っても良いよ」

 ルルさんが檻の中の東雲にちらりと目をやってからとんでもないことを言い出した。

「なっ……!? き、貴様の仲間のためなんだから、貴様の方こそ脱げば良いだろう!? 被せるなら貴様自身のパ……下着でも被せておけ!」

 東雲が真っ赤になって言い返す。暴力沙汰に慣れているわりに、そっち方面の経験は薄そうな反応だった。

「はぁ? あんた、今の自分の立場分かってんの? 私らとしちゃ本音を言えばあんたは服どころか生皮ごと剥ぎ取ってやりたいってくらいなんですけどぉー??」

「いや、俺はパンツを被るような変態趣味は無いんで、どっちにしろ要らないですよ……」

 収拾がつかなくなりそうだったので、慌てて俺は割って入った。


 それにしても、『私ら』はないだろう、『私ら』は。俺は人間の生皮を剥ぎ取りたいなんて物騒なことを考えたことはないぞ。というか、そんなことを考えているのは多分、ルルさんだけだ。

「あまり着込んでもかえっていざという時に動き難くなるだろうから、どのみちそのくらいがちょうど良いだろうさ」

 有馬さんもこちらを援護してくれたので、とりあえずその場は収まった。

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