第五章:UMA探偵と三つの理由-8

 窓に張り付くバッタ――その密集具合は、もはや外が見えないレベルだ。ついさっきまでは、いたとしてもせいぜい数匹程度だったはずなのに。

「こいつら、電気つけた途端に集まってきたよね? さっきまでは窓ガラスの反射で中に獲物がいるのに気づいてなかったのが、外よりも中の方が明るくなったせいで、ガラス越しでも私らの姿がよく見えるようになったから気づかれたってこと?」


「いや、位置的に我々が見えないはずの窓にも同じように集まってることを考えると、多分そうじゃあない。これはもしかすると……」

 一人何かに気づいたような有馬さんの声とともに、車内が唐突に真っ暗になった。

「ちょっ……今度は何?!」

「ランタンを消しただけだ。落ち着きたまえよ」

 徐々に暗闇に目が慣れてきた。窓の外に張り付いていたバッタ達は、最初のうちこそそのままそこにいたものの、次第に飛び立ち、数を減らしていった。


「いなくなった……?」

 戸惑う俺とは対照的に、こうなることを予期していたかのように落ち着いた様子の有馬さんは、窓に顔を近づけて外を覗き込んだ。真似して俺も別の窓から覗いてみるが、特に変わったものは見えない。相変わらずバッタが飛び回り、兵士達の死体や炎上するジープに群がっているのが見えるだけだ。いや、その光景自体、一般的な意味では既に十分“変わったもの”ではあるのだが、先程までと何ら変わらない光景ではある。

 だが、俺には何も得るところは無いように見えた光景にも、有馬さんにとっては何かを確信させるものがあったらしい。

「やはりそうか。こいつらには、正の走光性があるんだ」


 セイノソウコウセイ?

 そんな言葉を使われても、どんな漢字を当てるのかさえ分からない。『ソウコウセイ』は『走行性』で良いのだろうか?

「あの、何ですか、それ?」

 振り返った有馬さんの表情は、こころなしか先程までよりも活き活きしているように見えた。


「正の走光性とは、光に引き寄せられる性質のことだよ。昆虫の中には、そのような性質を持つものがいるんだ。よく街灯に蛾や羽虫などが集まっているだろう?」

 なるほど、それでランタンをつけた時、窓に集まってきたのか。そしてランタンを消すとまた去っていった。バッタが突然集まってきた謎は解けたが、しかしそれはそんなに喜ぶほどのことだろうか。UMA探偵の有馬さんとしては、UMAの性質について新たな情報が得られただけでも嬉しいのかもしれないが、こんな状況でそんなことを活き活きと語られてもどうにも場違い感がある。


「君達、テンションが低いな! さては気がついていないのか。よく考えてみたまえ。光に引き寄せられる性質があるということは、紫外線捕虫器のように光を使って誘き寄せ、罠にはめることができるということだよ。まさに飛んで火に入る夏の虫ってやつだね」

「外で火を焚いたら勝手にどんどん火に飛び込んで死んでいってくれるってこと? そんな都合良くいく?」

「いや、さすがにそんな好都合にことは運ばないだろうさ。いくら光に引き寄せられるとは言っても、熱に対する忌避反応である程度以上は火に近づかないだろう。実際、そこの燃えているジープを見ても、火が燃え移るくらいまで突っ込んでしまうのはごく一部でほとんどは少し遠巻きにして周囲を飛び回っている。しかし例えば、予めガソリンを撒いておいた部屋の電灯をつけてバッタを誘き寄せ、バッタが部屋に集まってきたところで火をつければ一網打尽にすることが可能だ。それなら、手持ちの道具だけで何とかなるしね」


「うーん」

 考える時の癖なのか、ルルさんはまた人差し指でとんとん、とこめかみを叩いている。

「一見良いアイディアっぽく聞こえるけど、そのガソリンを撒いておく部屋はどうすんの? まさかここを使うわけにはいかないでしょ? 外の建物のどれかを使うにしても、バッタが飛び回ってる中、どうやってそこまで行くわけ?」

「そこで君のさっきの案だよ。とりあえず頭から何か被って皮膚の露出を防げば、この幌から運転席に移動するくらいの距離はバッタの猛攻を凌げる」

「運転席まで行ったところで、車を動かしたらさっきのあいつらの車みたいに前も見えないくらいバッタが集まってきてどっかに激突するのが目に見えてるって、そう言ったのはそっちだと思うけど?」


 有馬さんはにやりと笑った。

「それについては対策がある」

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