第五章:UMA探偵と三つの理由-7

「ろくでもないことを考えている顔にしか見えないのだけれどね?」

 やはり、誰の目にもそう映るらしい。

「失礼な! 本当に良い考えだってば」

「まあ、今のところ他に良い案があるわけでもなし、とりあえず聞くだけ聞こうか」

「ふふふ、聞いて驚け、私のナイスアイディア。まずはそこの牛女を死なない程度に痛めつける――」

「はい、却下! そういうことをしてる場合じゃないって、さっき説明したところだろう。聞いていなかったのかい?!」

「はいはい、そっちこそ人の話は最後までちゃんと聞こうね。小学校の時、道徳の授業でそう教わらなかった?」

「どの口で道徳を語るんだか……」

「いいじゃん、別に。『そんなことじゃ社会では通用しないぞ』って語りたがるのはだいたい社会的に問題のある人だっていうのは社会人あるあるでしょ? それと似たようなもんよ」

 つまり自分が道徳的に問題のある人間だという自覚はあるわけか。


「で、話の続きだけど、そいつをボコってから、そこのガソリンをかける。たっぷりね。それでもって、外に捨てる」

「…………………………………………………………まあ、一応最後まで聞こうか」

 もうこの時点で既に十分、いや、十二分にろくでもないと思うのだけど、これ、本当に最後まで聞かなきゃいけないのだろうか。

「外に捨てたら、当然、バッタがそいつに群がるよね? そこを、爆薬付きのスピアガンで撃つ! するとどうでしょう、爆発と同時にガソリンにも引火していっきに燃え上がり、バッタは焼き尽くされるのです。めでたしめでたし。おしまい」

「……ちゃんと最後まで聞いたから、言わせてもらうけどね、本っ当にろくでもないな、君は!」

「そうは言うけど、このままだと罪無き近隣住民達がバッタの餌食になるんでしょ? 多数を救うために涙をのんで少数を犠牲にするのは悩めるヒーローあるあるじゃん?」

 涙をのんで、のところで服の袖で涙を拭くフリをするルルさんを見て、俺は『ワニは涙を流しながら獲物を食べる』という俗説を思い出した。悩めるヒーローというよりは、良くてもアンチヒーローかダークヒーロー、悪くすればヒールだろう、この人は。


 有馬さんは、はぁ、と溜め息を一つ吐いた。

「確かに、もしそのやり方で本当に大勢の命を救えるなら、まあ選択肢として絶対にありえないとは言い切れない……が、どのみちそのやり方では焼け石に水だよ。人間程度の大きさの餌では、全部のバッタを誘き寄せる前に喰い尽くされてしまう。君もさっき兵士達が喰われるところを見たから、分かるはずだよ。人間にかけられる程度のガソリンでは、燃え上がる範囲もたかがしれているしね」

「ふーん」

 ノリノリで披露ひろうしていた自分の意見が否定されたにも関わらず、ルルさんはさほど残念そうではなかった。

「まぁ、今のもジョークだけど」

「またロシアンジョークかい」

「今度のはシベリアンジョーク」

「まさに寒いジョークというわけだね」

「肝が冷えますね」

「悪寒も走るしな」


「っていうか、ルルさん、あんまりグズグズしてられないって話をさっき有馬さんがしてましたよね? ジョークで時間を無駄遣いしないでくださいよ」

 一応注意するが、ルルさんはどこ吹く風だ。

「ダメっぽいアイディアでもとりあえず言ってみれば実は良いかもってなることあるじゃん? 何も意見が出ないよりは良いでしょ」

 まあ、俺も反省してくれると期待していたわけではまったくないが。


「ふむ……確かにね」

 意外なことに、有馬さんがルルさんの言葉を肯定した。

「なになに、よく考えたらやっぱり実はナイスアイディアだった?」

「いや、よく考えても全体的には酷いアイディアなのだけどね、ただ、どこか一箇所に誘き寄せていっきに燃やすというのは悪くないと思うのさ。もっとも、どうやってそんな大量のバッタを誘き寄せるのかというのが大問題なわけだけど」


 誘き寄せるとなったら普通は餌を使うものだと思うが、ここには餌になりそうなものは無い。……いや、餌になりそうな者ならいるのだけど、ルルさんじゃあるまいし、さすがにそれはない。さっき有馬さんも、人間一人じゃ小さすぎて全バッタが集まるまでたないと言ってたし。

 何かもっと大きくて、餌になりそうなもの……。 

「そういえば、さっきのジープは何であんなにバッタに襲われたんでしょうね? バッタからしてみれば車なんて餌には見えないと思うんですけど」

「外見の特徴がどうあれ、動くものはとりあえず獲物と認識するのだろうね、多分」


 だったら、車ごと動き回ればバッタを大量に誘き寄せられるのではないだろうか。いくらバッタの数が多かったところで、車を食べることはできないから、途中で喰い尽くされる心配も無い。

 ……と、思ったのだが、俺に思いつく程度のことをあとの二人が二人とも思いつかないなんていうことがあるのだろうか?

 いや、でも一応言うだけ言ってみた方が良いだろう。さっきルルさんも、何も意見が出ないよりはダメっぽいアイディアでも出た方がマシみたいなこと言ってたし。


「動くものに引き寄せられるんなら、車ごと走り回って誘き寄せるのはどうでしょう?」

「いや、あのさ矢部っち、車を普通に走らせられるんだったら、わざわざそんなことしなくてもさっさとここから逃げ出せば良いじゃん?」

 瞬殺された。

 しまった。そういえばそうだった。仮に荷台から運転席へうまいこと移れたとしても、バッタがフロントガラスを覆ってしまって前が見えないから車を走らせるのは無謀なんだった。

「まあ、つけ加えると、走り回る車にバッタを集めて燃やすとしたら、運転手はどうするのかという話にもなるよね」

「……それは、別に俺がやっても良いんですけど」

がするか、じゃなくて、するのか、なんだってば。そのまんま火をつけたら、バッタだけじゃなくて運転してた人も車ごと燃えちゃうじゃん」

 いや、いくら俺の頭の回転が鈍いからといっても、それくらいは分かっている。分かった上で、俺だったらそのまま火をつけても構わない、と言っているのだ。

 なんてことを今ここで言ったら、話が余計にややこしくなりそうだからやめておこう。

「っていうか、矢部っち、あんまりグズグズしてられないって話をさっき有馬がしてたでしょ。ダメっぽいアイディアで時間を無駄遣いしないでよね」

「さっきと言ってること違いません?!」

 というよりは、さっき俺が言ったことをほぼそのまま返された。


 ダメっぽいアイディアでも出さないよりはマシ、とはよく言ったもので、その後はしばらく、何のアイディアも出ないまま刻々と時間だけが過ぎていき、俺達の焦りはつのる一方だった。

「ああああーもう! そういやここ、電気とかないの? こう暗いとただでさえ暗い気分がますます暗くなってくるんだけど!」

 バッタが出現した時点ではまだ夕日が出ていたが、今後の方針を考えているうちに日もすっかり沈んでしまっていた。

「まあそれもそうだね。運転席に行ってエンジンをかけられない以上、車自体のライトは点けられないけれど、そこの16番のトランクには112種類あるUMA探偵七つ道具の一つ、強力LEDランタンが入っている。私の上着の内ポケットにマスターキーがあるから、それを使って開けてくれないか? 何しろ、私は手がこんな状態だからね」

 有馬さんは手錠をかけられた手を上げて見せた。俺は有馬さんの上着からマスターキーを取り、暗がりの中でなんとか16番と書かれたトランクを見つけて開けたが、中に入っていたのはどう見てもランタンではない。

 いつぞやも見た物騒な代物――さっきも少しだけ話題に上った、スピアガンだ。


「あの、有馬さん、どう見てもこれはランタンじゃないっぽいんですけど」

 俺の言葉に反応して、有馬さんより先にルルさんの方が寄ってきた。

「さっきスピアガン持ってきてるって言ってたけど、ここにあったんだ。って矢部っち、これ16番じゃなくて91番じゃん! どこに目つけてんの」

 どうも番号を180度逆に見ていたらしい。

「あーもう、見てらんない。ちょっとその鍵貸して!」

 おとなしくルルさんにマスターキーを手渡すと、手早く本物の16番のトランクを見つけ出し、取り出したランタンを点けてくれた。しかし車内が明るくなったからといって、雰囲気まで明るくなったりはしなかった。相変わらず沈黙が支配している。


 と、その静寂を破るように、外から何かがぶつかるような音が聞こえてきた。それも連続で、次々と。

 何だ?

 何気なく窓の方へ視線を向けた俺は、思わず悲鳴をあげた。俺だけでなく、ルルさんや東雲の口からも悲鳴が漏れる。

「なっ、なんなのこれ?! さっきはこんないなかったよね、こいつら?!」

 窓には、びっしりとバッタが張り付いていた。

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