第五章:UMA探偵と三つの理由-6
「だから、このUMA探偵・有馬勇真はそのASEA?とやらのことなど知らないと言っているのに」
「どうだか」
「はいはい、その話を蒸し返すのは後にして」
ゴンゴンと音をたてて、ルルさんが二人の注意をひく。
何の音かと思ったら、手にしたスタンガンで檻の格子を叩いていた。そんな物騒な物はさっさとしまって欲しいのだが。
「で、このままここに閉じ籠もっているわけにはいかない理由は今の二つだけ? だったら私はやっぱり閉じ籠もる方を選びたいんだけど? 見ず知らずの近隣住民と、見知ってはいるけど一回会っただけのカクコさん達のためにあのバッタの大群と対決するのはちょっとね」
「残念ながら理由はもう一つある」
有馬さんは三本目の指を立てた。
「さっきバッタが現れてから、そこの偽官憲が、本部とやらに連絡を入れていた。外でバッタに襲われた兵士の中にも、喰われる前に報告した者がいるかもしれない。というわけで、あまりぐずぐずしていると彼らの増援部隊が対バッタ装備を整えて来てしまう。そうなったら、我々はまた捕虜に逆戻りさ」
「うーん、対バッタ装備って言いますけど、あれだけ強力な武器を揃えてたのにあっさりやられちゃってましたよね? 増援が来てところでまたバッタに食べられるだけで終わったりしませんか?」
俺の問いに対して、有馬さんは首を左右に振った。
「それはあの装備が大型飛行UMAを想定したものだったからだ。虫の大群だと分かっていれば、いくらでも対処法はある。たとえば、バッタには食いちぎれないような素材の防護服で全身を隙間なく覆った上で、さっきみたいな火炎放射器で攻撃したり強力な殺虫剤を噴霧したりすれば、一方的に大量のバッタを殺していくことが可能だ」
「なるほどね」
三番目の理由は、ここにいる俺達自身の身の安全に関わるものだ。だから、自分が第一のルルさんも、今度は納得せざるを得ないようだった。
「ここで籠城するのはダメで、さっさとバッタをどうにかして逃げ出さなきゃいけないっていうのは分かった。とりあえずツルハシ使って人間もぐらタタキをやるのは延期する」
「延期じゃなくて中止してください」
それ以前に、そもそもここにはツルハシなんて無い。
「やだなー、矢部っち。人間もぐらタタキなんてジョークに決まってるじゃん」
「で、ですよね」
確かに常識的に考えれば本気なわけないのだが、なにしろルルさんは常識が通用しない相手である。ジョークだと分からなかったとしても、それは俺の落ち度では無いはずだ。
というか、ジョークにしてもブラックすぎるし。
「そうそう、ジョークジョーク。ただのロシアンジョーク」
アメリカンじゃなくて?
「ちなみに、どのあたりがロシアンなんです?」
微笑んでいたルルさんが、急に真顔になった。そして一言。
「当たりが出たら本気で実行」
そのロシアン?!
イチかバチか運命を賭けてみる系のやつ?!
ほら、やっぱり常識が通用しなかった!
俺も、一言だけ感想を述べた。
「笑えないです」
「で、このままではダメとして、じゃあどうすんの?」
そう、一番の難題はルルさんを納得させることではなく、その後どうするかだ。
バッタを、どうするかだ。
あれを何とかする策が無いことには、どうにもならない。
「まあ、それを今から考えるわけだよ……」
頼みの綱とも言うべき有馬さんの答えは、なんとも頼りないものだった。しかしルルさんはそれに気落ちする様子も見せず、腕を組んでふん、と鼻を鳴らした。
「今ここにある武器は?」
「元々私が持ってきた武器としては、前にも見せたテーザーガンとスピアガンだね。ここに到着した時に見せたライフルは、さっきそこの偽官憲と戦った時に落としてしまったよ。もっとも、相手がバッタの大群ではどのみち役には立たなかっただろうけどね。この中でバッタの大群と戦う上で一番マシなのは爆薬カートリッジを付けたスピアガンだろうけど、それでも引き起こせる爆発の規模から考えれば、巻き込めるのは群れのごく一部だろう。あとは煙幕や催涙弾、閃光弾くらいかな。催涙弾は脊椎動物系のUMAならまだしも、バッタには効かないかもしれない。それから、私が持ってきたものじゃあないけど、偽官憲から取り上げた拳銃と……そっちのそれは
恐らく東雲かその仲間の持ち物らしい、いつの間にか車内に置かれていた銃は、有馬さんの言によれば
有馬さんはその銃を手に取ってためすがめつしていたが、結局元あった場所に戻した。
「どうやらこれは散弾は散弾でも鹿撃ち用のバックショットを使っている銃のようだね。ばら撒かれる弾一個一個のサイズは比較的大きめだけど数は数個にすぎないから、バッタの大群を相手にするには不向きだよ。もっとも、小さな弾を多数ばら撒く鳥撃ち用のバードショットだったとしてもあの数のバッタ相手ではどのみち焼け石に水だったろうけどね」
どうにも対バッタ戦に適した武器は無いように思える。
「あいつらが使ってたみたいな火炎放射器とかは無いんですか?」
「残念ながらね。人里離れた土地でガス欠になった時用に予備のガソリンを携行缶に入れて積んであるから、それをどうにかして噴射すればそこに火をつけるとかはできるかもしれないけど、噴射する方法が思いつかない。まあ仮にそれができたとしても、さっきの火炎放射器を使ってた兵士と同じようにバッタを燃やし尽くす前にこっちが食べられてしまうだろうけどね」
有馬さんの説明を聞きつつ、口元を手で
「私としてはさぁ、さっき言われた三つの理由のうち、本当に困るのは最後の一つだけなわけよ。だったら必ずしもバッタを倒さなくても良いんだよね。ここから逃げ出せれば、それでOK。で、思ったんだけど、防護服は無いにしても、頭から上着を被って、手も手袋か、無ければ適当な布で覆って肌の露出をできるだけ減らせば、少しくらいは外でもバッタの攻撃を
「そのうちどこかの隙間から入り込まれてしまいそうだけれど、まあ少しの間ならいけるかもしれないね。現にジープまでたどり着いた人らもいたわけだし。しかし短時間外で活動できたとして、それでいったいどうしようと言うんだい? ここから逃げ出せればと言っていたが、まさか徒歩でそのまま逃げるつもりなのかい?」
「違う違う、そんなことしても目も当てられないような悲惨な結果になるのは目に見えてるでしょ。そうじゃなくて、この荷台からいったん出て、このトラックの運転席に移動するくらいならすぐじゃん? それでそのまま車でここを脱出」
「さっきのジープみたいにバッタに覆い尽くされて前が見えなくなり、どこかに激突するのがオチではないかな、それは」
「チッ、どうしろっていうんだ、これ」
舌打ちするルルさんは、素なのか何なのか、すっかり乱暴な口調になってしまっている。
「もういっそのこと、バッタは新しく来るそこの牛女の仲間に倒してもらって、私らはこいつを人質にして逃げるってわけにはいかないかな?」
有馬さんが何か言うよりも先に、檻の中の東雲が応えた。
「残念だったな。私の同志達は、我らの大いなる目的よりも私のようなちっぽけな一個人の命を優先したりはしない」
「目の前で耳を端から5ミリずつ切り落としていくパフォーマンスとかを見せつければ、さすがに良心が痛んでこっちの要求を飲んでくれるかも」
自分の良心は痛まないのか、それ。……痛まないんだろうなぁ。
「む、無駄だ。そんなことで同志達は揺るがない」
「チッ、冷酷無情なゲスどもばっかじゃん、あんたの組織」
「君が言うのかい、それを」
俺が内心で思ったことを、有馬さんがそのまま代弁してくれた。
「まったく、人質にすらならないなんて、とんだ役立たずだわ。マジ使えな……ん? ちょっと待って」
ルルさんは斜め上を
「今ある武器はテーザーガンとスピアガン、拳銃に散弾銃。それからガソリンがあって……あっ、良いこと思いついた!」
明るくそう口にするルルさんの表情は――すごく、悪い顔をしていた。
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