第五章:UMA探偵と三つの理由-5

「まず第一に……」

 そう言いながら、有馬さんは手を持ち上げて、右手の人差し指一本だけを立てた。手錠をかけられたままなので、どこか間抜けなポーズに見えてしまう。


「今夜はここにある肉だけでは、あのバッタ達の腹を満たせない。君達は見ていないだろうが、向こうの方には昨夜バッタに食べられたらしい巨大UMAの白骨死体があった。元々ここを管理していた人間――そこの偽官憲の仲間らしいけど――に加えてあの巨大UMAも一晩で喰い尽くしたんだね、このバッタ達は。もしかすると、私も見ていない奥の方には他にも食べられたUMAの死体があったかもしれない。その点はどうかな?」

 有馬さんに問われた東雲は、何故私が答えねばならないのだ、などとぶつぶつ不平を零しながらも、結局は肯定した。

「ああ、その通りだ」


「ちょい待ち!あのバッタも普通じゃないし、巨大UMAの死体があって、その上更に他のUMAの死体?なんでここそんなUMAだらけなの?!」

 ルルさんが当然とも言える疑問を呈したが、有馬さんは軽く流した。

「まあその点は私もUMA探偵として非常に気になるところではあるのだけど、ひとまず今は置いておこう。今現在考慮すべきは、昨夜はあのバッタ達にそれだけの食料があったという点だ。多分、食べるのにまるまる一晩かかったから、どこへも移動することなくそのままこのあたりで休んでいたんだろうね。さて、そんな食料事情に恵まれていた昨夜に対して、今夜はどうか考えてみよう。バッタ達の食べ物はあの兵士達だけだ。人間の人数だけなら昨夜より多いかもしれないが、あの巨大UMAがもういない分、肉の量としては圧倒的に少ない。となればバッタ達は新たな食料を求めて移動を開始するはずだ。飛蝗、すなわちバッタの群生相は移動相とも呼ばれ、その名の通り餌を求めて移動していくものだからね」


「で、それの何が問題なわけ? 移動していってくれるならむしろ好都合じゃん。一晩待たなくても済むんだからさ。正直、朝になる前にトイレ行きたくなったりしたらどうしようかと思ってたし」

「このあたりの山は鳥やセミの声一つしなかった。既に山中の動物を尽く食べた後なのだとしたら、次の行き先は人里くらいだろう。何も知らない一般市民が襲われることになる」


 のどかな町の空を突如として人喰いバッタの大群が覆い尽くし、帰宅途中の会社員や学生が次々と襲われて白骨になっていく――その様子を想像して、俺はぞっとした。

 しかしルルさんは眉一つ動かさない。

「言っちゃなんだけど、そんな見ず知らずの赤の他人のために命張れないなー、私は」


「ふん、相変わらず自分のことしか考えていないゲス女だな」

 蔑みをあらわにした表情でルルさんの方を見ながら、東雲が吐き捨てる。

「あ? 黙れよ、牛女。私がゲスだって言うなら、麻倉は豚のゲロでお前は牛だろ。牛は牛らしく静かにしてないと、直腸にツルハシたたき込んで牛のタタキにするぞ?」

 アイドルレポーターとしてのルルさんにはそれなりにファンもいるはずなのだが、こんなドスの利いた声で人を脅しつけているところを彼らが聞いてしまったらどう思うだろう?

 それにしても、何の脈絡も無く巻き添えで、東雲よりよっぽど酷い表現を使って罵倒されている麻倉班長が哀れ……………………でもないか、あの人は。


「で、話を戻すけど、べつに私らにそんなどっかの町の住民守るために命をかける義理なんてないでしょ。義理も無いし義務も無い。それこそ自衛隊か何かの役目だと思うけど?」

「UMAが関わっている以上、自衛隊より先にUMA探偵の役目だし、仮に自衛隊か警察に通報して人喰いバッタの大群が迫っていますって言ったところで、信じてもらえると思うかい? ついでに言うと、そこの偽官憲に襲われた時に携帯電話を落としてきてしまったので、そもそも私には通報すること自体できない」

 べつに携帯電話くらいなら俺かルルさんのものを使えば良い話ではあるが、確かにどこに通報したところでそんな荒唐無稽な話を信じてもらえる可能性はほとんどゼロに近いだろう。ただの悪戯だと思われるのがオチだ。


「第二に、その携帯電話を落とした時の話なんだけど、ちょうどカクコさんと通話しているところだった。恐らく、向こうには私が襲撃を受けたことが伝わり、そしてその後、連絡が取れない状態が続いているわけだから、こっちに助けに向かってくれているんじゃあないかと思う。しかしあの時はそこの偽官憲に襲われたのであってバッタに襲われたわけではなかったから、その様子を聞いていたカクコさんが用意したのは対人装備だけである可能性が高い。そうなると、カクコさん達は偽官憲のお仲間の二の舞いになってしまう」

「今からでも連絡し直せば良いんじゃないですか?」

 俺は自分の携帯電話を有馬さんに渡した。

「ついでに対バッタ兵器でも用意して来てもらってよ」

 またそんな都合の良いことを言って。あの人達にそんな物を用意できるのか。

 最初は、そう疑わしく感じたが、そういえば、確か有馬さんの言では、カクコさん達は政府の極秘機関の人間という話だった。仮にその話が本当なら、確かに対バッタ兵器の類も用意できるかもしれないし、それができれば問題も一挙に解決する。

 そう思ったのも束の間のことだった。


「……ダメだ、繋がらない」

「カクコさんって、知らない番号からかかってきた電話は取らないタイプ?」

「さて、それについては知らないけれど、今回はそれ以前にそもそも圏外なようだね」

 ルルさんが自分の携帯電話を取り出して画面を確認した。

「あ、本当だ」


 檻の中から溜め息が聞こえてきた。

「お前達知らなかったのか?ここは何故だか分からないが、通信ができないんだ。我々は特殊な通信機を運び込んで使っていたが、それでもノイズがかなりの頻度で混じったくらいだからな」

 そういえば、ここから送られたという昨晩の救援要請もノイズだらけだった。あれは、本来の受取手ではない有馬さん(というよりはUMA探偵協会か)が傍受したものだからそうなのだと思っていたが、今の東雲の発言から考えると、それだけが原因では無いようだ。

考えてみれば、何のノイズも無い救援要請を東雲達が受けていたのだとしたら、彼女達はここを襲撃したのがバッタだということを予め知っていたはずではないかとも思う。


「その言い方から判断するに、単に山奥だから電波が来てないってわけじゃあなさそうだね?」

「山奥と言っても、たかが知れている。それこそUMA探偵、お前が危惧していた通り、バッタの飛行速度で今晩中に十分たどり着けるくらいしか町から離れていない。携帯電話の基地局の位置から考えても、本来なら電波が届いているべきなんだ。我々は、ここを作ったASEAの奴らが盗聴対策のために外部との通信を妨害する何かを仕掛けてたんじゃないかと疑っているが、結局その何かが何なのかもどこにあるのかも分かっていない」


「でも有馬のケータイは普通に通じたんでしょ? どこのやつだったの、それ?」

「どこのと言われても、UMA探偵協会からの支給品だが……」

 普通の携帯電話ではなく、衛星電話とかだろうか。考えてみれば、UMAなんて通常はもっと秘境みたいなところにいるもので、そういうのを探しに行くUMA探偵が通常の携帯電話を使っていては、だいたいいつも圏外になってしまいそうだ。

 俺はそう考えたのだが、東雲はまた別の感想を抱いたようだった。


「それこそ、お前達の協会がASEAの手先だという証拠だろう。いくら盗聴を防ぐためと言っても、自分達まで外部と通信できないのでは不都合がありすぎるからな。自分達の専用通信装置だけは通信妨害を回避できるようにしてあったと考えるのが自然だ」

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