第五章:UMA探偵と三つの理由-4
「バールで殴るか、バールの様な物で殴るか。それが問題だ」
「違います!問題はそこじゃありません!」
「はぁ?だったら何が問題だっていうの?」
何がって……そんなの決まっているではないか。本気で分かっていないのか、この人は。
「バッタですよ!あのバッタの大群をどうにかしないといけないでしょう!」
はぁぁ、とルルさんは深い溜め息をついた。
おかしい。何故に俺の方がそんなまるで呆れているかのような態度を取られなくてはいけないのか。どう考えても、この場においてやるべきことを正しく主張しているのはこちらのはずなのに。
「矢部っちさぁ……本気で分かってないの?」
「な、何がですか?」
元々自信が無いタチなので、そんな言い方をされると途端に不安になる。だが、俺が今主張しているのは、バッタに対処しなくてはならないというごく当たり前のこだ。そこに間違いなどあるはずが無い……と、思う。
「相手は巨大UMAじゃなくて、小さなバッタの大群。だから、銃で撃ってもどうにもならない」
「どうにもならないからって、どうもしないわけにはいかないでしょう!どうにかする方法を考えないと」
「はいはい、人の話はちゃんと最後まで聞く。でもさ、逆に言えば、巨大UMAだったらこの車をぶち壊して中にいる私らを襲えたかもしれないけど、小さいバッタだといくら大群って言ってもそれはできないわけじゃん? 現にこの中にバッタ入ってきてないし。だったら、ここで籠城しとけば良いじゃん」
「え……いや……」
一瞬、俺は否定の言葉を探しかけた。しかし確かに、言われてみればそれはそうなのだ。この中で籠城していれば、とりあえずは安全だ。
とりあえずは安全、なのだが……。
「でも、いつまでもずっとこの中に閉じ籠ってるわけにもいかないでしょう」
「べっつにいつまでも閉じ籠もる必要は無いじゃん?だってこいつら、夜行性で日が出ている間は襲ってこないわけだし」
「あ……」
言われてみれば、それも確かにそうだった。
なんてこった。俺はこんなにも、言われてみて初めて気づくことばかりなのか。
自覚していたとはいえ、あらためて突きつけられた自分の馬鹿さ加減にがっくりと肩を落としていると、その肩をぽんぽんと叩かれた。
「と、いうわけで、今やるべきことはバッタじゃなくてこの女でもぐら叩きなの。オーケイ?」
「そう……ですね」
ん?
気落ちしていたせいで反射的に首肯いてしまったが、今の、もしかして首肯いたら駄目な質問じゃなかったか?
「はい、矢部っちも納得してくれたということで、人間もぐら叩き、はっじまっるよー! ワーオ! アイドルレポーターらしく歌も歌っちゃうよ。♪もぐらもぐらもぐらー もぐらーをたたーくとー あたまあたまあたまー あたまーがー無くーなるー」
どこかで聞いたリズムだと思ったら、昔流行った、魚を食べるよう勧めるCMソングの替え歌だった。
……って、そんなことを考えてる場合じゃない!
「ストップストップ! さっきの『そうですね』は無しです!」
なんて物騒な歌を歌うんだ、この人は。頭が無くなるとか、どれだけ勢いつけて殴るつもりなんだ。
「えー、何で? さっきちゃんと理由を説明して、矢部っちも納得したじゃん」
「さっき俺が納得したのは、バッタと戦わなくて良い理由ですよ! それとこの人を殴る必要があるかは全然別問題でしょう。こんな風に抵抗できない状態の相手を一方的に殴ろうとするなんて人として恥ずかしく無いんですか?!」
「矢部っち知らないの? 誰だったか忘れたけど、昔の偉い人もこう言ってるよ。『恥も外聞も無く強きを避けよ、恥も外聞も無く弱きを討て!』」
「それ言った人、本当に偉い人ですか?!」
「『溺れてる犬がいたら棒で叩け』って言った人もいたなぁ」
「それはなんか聞いたことありますけど、もうちょっと違う言葉を参考にしましょうよ」
「たとえば?」
「たとえば……ええと……」
何か心が広そうな言葉、心が広そうな言葉……。
「た、たとえば、『右の頬を殴られたら左の頬を差し出しなさい』とか」
「よし、矢部っちもこう言ってることだし、そこの牛女、私が今からお前の右の頬をバールで殴るから、その後、左の頬を差し出せよ?」
「なんでそれだけ相手の方に実行させようとするんですか?! 今のは、前にルルさんが蹴られたりしたことは水に流してあげましょうって意味だったんですけど!」
「あー、楽しんでいるところ悪いのだけどね、君達」
ここへきて、
「君達は、二人とも間違っている」
二人とも?
ルルさんだけじゃなくて?
「問題は、バッタを放っておいてそこの偽官憲を殴るか、それともバッタも偽官憲も放っておくかじゃあないんだ。私達には、あのバッタの大群をそのままにして朝まで籠城するわけにはいかない、三つの理由がある」
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