第五章:UMA探偵と三つの理由-3

「くそっ、何がどうなってる?!」

 ようやく動けるようになったらしい東雲が、毒づきながら格子の向こう側でもがいた。

 俺達と東雲が格子で隔てられているという点ではさっきまでと同じとはいえ、立場はすっかり逆転している。東雲は両手両足を縛られた上に檻の中、逆に俺達は自由の身だ。もっとも、有馬さんの手錠については、鍵が見つからなかったためそのままだ。外でバッタの餌食になっている兵士の誰かが持って行ってしまったのかもしれない。


「まあ何がどうなっているのかについては、私の方からもいろいろと聞きたいわけだけどね、まず第一に何故君はそんな物騒な物を持っているのかな?」

 有馬さんが呆れたような表情で、ルルさんの手にしているスタンガンに目をやった。


「ほら、最近なんか私、変な視線を感じるって話をしたじゃん?か弱い乙女としては誰かにつけ狙われてたら怖いから、普段から防犯グッズとかを持ち歩くことにしてたの。まー本当は前にあんたが使ってた、遠距離から電気攻撃できるやつが欲しかったんだけど、見つからなかったから普通のスタンガンで妥協した」

「それはまあ、テーザーガンは一般人がそこらで買えるようなものじゃないからね……。檻の鍵は?奪われたんじゃあなかったのかい?」

「あーそうそう、それなんだけどね、あんた、いつまでもスペアキーを同じとこに置いとくって馬鹿なんじゃないの?同じとこに置いてたら無くなる時も同じだから、スペアの意味無いじゃん。そっこーで別々にしたよ、私は。で、スペアの方は隠し持っておいて、もう片方で今まさに鍵をかけようとしてるとこでーすって感じに見せかけたってわけ。そしたら向こうはその鍵だけ奪い取って、よしこれでもうこっちのもんだって安心するでしょ?」


 ああ、鍵をかけるのにやたらと時間がかかっていると思ってたら、あれはどのタイミングで敵が入ってきても手に持ってる方の鍵だけを奪わせるためにわざとやっていたのか。格子の隙間から手だけ出して外側にある鍵穴に鍵を差し込むのが難しいせいで手間取っているのかと思っていた。


「檻の外にいた人間を檻に入れる場合は持ち物を調べたり、ヘタしたら服まで引っ剥がしてから檻に入れる可能性が高いけど、最初から檻の中にいる人間はわざわざいったん檻から出して持ち物検査をするなんて手間とリスクは取らずにそのまま檻に閉じ込めるだろうと目論んだんだけど、見事に全てが私の見立て通りになったわー。くくく……ふふふふふ……はーっはっはー!」

 笑い方が完全に悪役側だ。しかもそれが妙に似合ってるし。

「確かに結果的にはうまくいったようだけれどね、それは結果論だろう。檻に入れられたまま外から射殺された可能性だってあったわけで、あまり良い気にならない方が良いと思うけどね」

「うっるさいなー。可能性って言うなら、自分から檻に入らずにそのまま逃げ出そうとして、逃げ切れずに背後から撃たれる可能性の方が高かったと思うけど?歴史には『たら』も『れば』も無いの!結果オーライ、結果が全て!」


 ちっ、という舌打ちが檻の中から聞こえてきた。

「さっきそこの男に襲われていたのも全部演技だったってわけか」

 東雲が吐き捨てるようにそう言いながら、ルルさんを凄まじい目で睨みつけていた。しかしルルさんの方は平然としている。見られるのが嫌いだというわりに、こういうのは平気なんだろうか。それともこれも、平気なように見せかけているだけなのか。

「あったりまえじゃーん?ていうか矢部っち、さっきのあれ、棒読み過ぎ。全然野獣性が出てない。そいつが馬鹿じゃなかったら見破られてたよ」

「俺にルルさんレベルの演技力を期待しないでくださいよ……」

 まったく、ルルさんに声をかけられた時に何だか嫌な予感はしたのだが、まさか暴漢役を割り振られるとは思わなかった。


「いやー、私レベルの演技力は最初っから期待してなかったけどね、でもいくら何でもあの棒読みは、ねぇ?」

「いやしかしあんな棒読みでなかったとしたらそこの偽官憲より先に私の方が止めに入っていただろうからね、それこそ結果論で言えば、棒読みで良かったんじゃあないのかな?」

 どうやら有馬さんにとっても俺の演技はだいぶ酷い棒読みだったらしい。しかしアドリブの演技で本物の暴漢に見えるような男というのもどうかと思うので、がっかりするべきかどうかは微妙なところだ。


「さーて、檻からはなんとか抜け出せたわけだけど、これで万事OKってわけじゃないよね?まだやらなきゃいけないことが残ってる」

「まあ、そりゃそうですよね……」

 そう、これで全てが終わったというわけではないのだ。

 確かに、当面の危機だった兵士達は襲来したバッタの大群によって駆逐されたわけだが、しかし今度はそのバッタをどうすれば良いのかという問題が生じている。

 だが、あれだけの装備を備えていた兵士達があっさりやられてしまったのだ。いったい俺達に何ができるというのだろう。何もできないのではないかという気さえしてくる。


「じゃ、ちゃっちゃと始めようか」

「えっ、始めるって、何か作戦とかあるんですか?」

「えっ、作戦なんて必要?」

「何言ってるんですか、ルルさん?」

「矢部っちこそ何言ってるの?」

「何の作戦も無しにやっても、返り討ちにあっちゃうだけですよ?」

「何で?相手は手足縛られててしかも檻の中なのに?」

 あれ、おかしいぞ。何だか話が噛み合ってない。

「……ちょっと待って下さいね、ルルさんの言う『やらなきゃいけないこと』って何ですか?」

 ルルさんは、聞かずとも分かって当然のことを何故聞くのだ、とでも言いたげに首をかしげた。そして、檻の中にいる東雲の方を指差す。

「そこの女を、無慈悲にぶちのめす」

 違うだろ?!今やらなきゃいけないのは、そんなことじゃないだろぉぉぉ?!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る