第五章:UMA探偵と三つの理由-2
「お前、バッタだということまでは分かっていなかったとはいえ、銃では対処できないような相手だということは察知していたんだよな?それが分かっていて、私の仲間達が外に行った後で、私には出ない方が良いとか言ったのか?」
「なんだい、出て行く前に君の仲間達に忠告しなかったり、もったいぶった言い方をして話を引き延ばし、こういう結果になるまで推理を話そうとしなかったのが不満なのかい?」
こいつ、やけにもったいぶると思っていたら、推理を聞いたこちらがリー隊長達に警告を発するのを防ぐために、わざと話を引き延ばしていたのか。
何とも腹の立つ話ではあったが、今、最も気になっているのはその点ではない。
「そんな怖い顔で睨まれてもねぇ?いくら私が愛と平和のセーラー服美UMA探偵だからといって、こちらを拷問にかけてから殺すとか言ってる人達をわざわざ助けようとするほどのお人好しではないさ」
「そうじゃない。むしろ逆だ。何故私にはわざわざ忠告した?私もお前達の敵である点には何の違いも無いだろう」
「ふむ。それはね」
UMA探偵はそれまでの軽薄な笑みを引っ込め、真顔になった。急な態度の変化に戸惑っていると、彼は更にこちらを困惑させる言葉をかけてきた。
「君はまだ引き返せると思ったからさ」
「ひ、引き返せる?いったい何の話をしている?」
「さっき一対一で戦った時、君はいったん銃の狙いをつけ直したね?」
「それが……どうしたというんだ?」
「あの時、狙いをつけ直さずにそのまま撃たれていたら、実のところ結構危なかったんだよね。最初につけた時の狙いはばっちり頭を撃ち抜ける感じだったからね」
それは確かにそうだった。練習で人形を撃つ時、頭部を狙うようにしていたから、咄嗟に銃を抜いた時、反射的に頭に狙いをつけてしまったのだ。だが、今回はそれでは不都合があったから狙いを修正しただけのことだ。
何もおかしいところは無い。
無い……はずだ。
そう自分に言い聞かせつつも、何故か嫌な汗が首筋を伝った。
「ところが君は何故かわざわざ足のあたりに狙いをつけ直し、そのせいで撃つのが遅れ、そして結果として逆に私に倒されるはめなってしまった」
それがどうした、と再度口にしようとしたが、声が出ない。いつの間にか、口の中がカラカラに乾いていた。気づかぬうちに強く握りしめていた掌は、逆にじっとりと汗ばんでいる。急にそれが気持ち悪くなり、開いた掌をズボンでゴシゴシと拭いてしまいたくなった。しかしそんなことをすれば、この男にこちらの焦りを察知されてしまいそうな気がする。
……焦り?
馬鹿な。いったい何を焦る必要があるというのか。バッタに対してはともかく、こいつらに対しては、まだこちらの方が圧倒的に優位ではないか。
「……私の推理では」
こちらを見る有馬の目が、スッと細められる。
「物騒な組織に所属してはいるものの、君自身はまだ人を殺した経験は無いんじゃないかな?だからいざ本当に生きた人間を射殺しようとした時にその覚悟ができず、狙いを致命傷になる可能性が低い部位へずらした。多分、『殺すよりも生け捕りにした方が有益だから殺さないだけだ』とかそんな感じで自分自身に言い訳してね」
「いっ、言い訳などではない!」
東雲は思わず叫んでいた。叫んだ後で、これではまるで相手の言い分が図星だったかのような反応だと後悔したが、口は止まらなかった。
「お前のような末端の小物は殺すよりも拷問にかけて裏にいる黒幕の正体を探り出す方があの御方の夢を、我々の大義を達成する上で有益だという合理的判断だ。あくまで合理的に判断しただけだ!断じて言い訳などではない!わっ、私に、この私に敵一人殺す覚悟もできていないだと?!愚弄するのも大概にしろ!私はッ、あの御方の、姉様のためならッ……」
畜生、ダメだ。これでは喋れば喋るほどこいつの言った通りだと認めてしまっているようなものではないか。
いったん落ち着かねば。
確かに自分は体術も射撃も訓練こそ誰よりも熱心にこなしてきたものの、実戦経験には乏しく、実際にこの手で人を殺したことは無い。だが、だからといって覚悟ができていないなど、そんなことがあってはならない。
「その姉様っていうのが君らのボスなのかい?そういえばさっきあの隊長が君のことを『二代目の腰巾着』とか呼んでいたようだけど、その二代目っていうのが君の言う姉様なのかな?」
しまった。気づかないうちに、そんなことまで口走っていたのか。姉様御自身は昔と同じで構わないと仰ってくださっているとはいえ、立場上、もう人前ではそんな呼び方をしてはならないと肝に銘じたはずなのに。
「実の妹なんだったら『腰巾着』なんて言い方はされないだろうからさしずめ妹分ってところなんだろうけど、だとしても妹分を人を殺したり逆に自分が殺されたりしかねない立場に追いやるような人間なんてろくなもんじゃないさ。随分と心酔しているように見えるけど、考え直した方が良い。さっきも言ったが、今なら君はまだ引き返せる」
「ち、違う!姉様は私が工作員になって外で戦うことには反対だった。これは私自身の意志だ!私自身だけならまだしも、姉様まで侮辱するようならただでは済まさんぞ?!」
東雲は檻を拳で思い切り殴りつけた。そしてその痛みで我に返った。
何をやっているのだ、自分は。ついさっき落ち着かねばと考えたばかりなのに、感情的になって余計なことを口走る一方ではないか。
一度深呼吸して息を整えた。そんな自分を、UMA探偵は相変わらず真剣な表情で見ている。
畜生、むしろせせら笑いでもしてくれた方がまだ気分がマシだった。そんな目でこっちを見るんじゃない。
こいつと会話するのはもうやめた方が良さそうだ。心理戦術のつもりでやっているのかどうかは知らないが、こちらの心がかき乱される一方だ。バッタ対策はこいつらの頭など借りずに自分で考えれば良いし、仮に自力では何も考えつかなかったとしても、本部の方でどうにかしてくれるだろう。そうしてバッタのことにけりがつけば、こいつらは全員さっさと本部に引き渡す。その後で、こいつらが拷問にかけられようが殺されようが知ったことではない。それで良い。
東雲が今後の方針をひとまず決めた時、甲高い悲鳴とともに、何かが激しく金属にぶつかるような音がした。
「いやぁぁっ!やめて矢部っち!こんな時に何するの?!」
見ると、カメラマンの男がレポーターの女を檻の床に押し倒しているところだった。
「こんな時だからだよ。どうせ俺達は皆、もうすぐ死ぬんだ。だったら最後くらい楽しもうぜ」
人間の本性というものはこういう時にこそ現れる。東雲はこういった人間の醜悪さを見せつけられるのが嫌いだった。
姉様は人間達を滅亡から救おうとしているというのに、当の人間達のこの醜悪さはなんだ。姉様の苦悩と努力をなんだと思っているのだ。
しかし何より不快なのは、こうした醜悪さが自分自身の内にもまたあることだった。
「やめないか貴様ら!見苦しいぞ」
別にレポーターの女を助けたいと思ってはいなかった。この女がどうなろうと知ったことではない。しかし目の前でこのような醜態を繰り広げられること自体に我慢がならなかった。
東雲は格子の間から檻に腕を突っ込み、カメラマンの男の襟首を掴んだ。その手に、何かが押し当てられた。
なんだ?
疑問に思ったのも一瞬のことで、直後に衝撃が全身を貫いた。
「ぐぁっ?!」
体に力が入らなくなり、そのまま床にずるずると倒れてしまう。
これはUMA探偵にテーザーガンで撃たれた時と同じ?!だが、あれはUMA探偵を拘束した時に取り上げたはずだ。
体は動かず、頭は混乱した状態のままの東雲の目の前で、ガチャガチャという音に続いて檻の扉が内側から開かれた。
馬鹿な?!檻の鍵は隊員の一人が奪い、その後、リー隊長に渡している。そのまま隊長達はバッタに襲われてしまったわけで、ここには鍵を開けられる者は誰もいないはずだ。それなのに何故。
「くくく……ふふふふふふはーっはっはーっ」
頭上から、レポーターの女の勝ち誇った声が聞こえてきた。
「見たか!すべて私の目論見通りだ!」
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