第五章:UMA探偵と三つの理由-1

 東雲――それは本名ではないのだが、有馬達の前ではそう名乗った――は、本部への状況報告を済ませると、通信を切った。

 向こうは準備を整え次第、救援をよこすとは言ったが、同志達の間で最も実戦経験が豊富だったイアン・リー隊長の部隊がこうもあっさりやられてしまったのだ。新たに誰かが救援に来たところで、どうにかなる状況なのか、これは。

 いや、しかし考えてみれば、リー隊長達の豊富な実戦経験とは、あくまでも対人戦闘についてのものだった。今回は相手が恐らく人間ではないということは最初から分かっていたが、それでも銃弾で倒せる相手だとは思っていた。このような虫の大群というのは想定していない。ならば、相手が何であるかをきちんと把握した上で準備を整えてきた部隊であれば、何とかできるのかもしれない。

 いずれにせよ、それは本部の方で考えることだ。


 それにしても、本来ならば、もっと別の場で活躍できたはずの同志達を、むざむざとこのようなところで犬死にさせてしまった。

 東雲は、自らの不甲斐無さに思わず唇を噛んだ。

 彼ら古参メンバーは、確かに自分達のメンバーとの折り合いは悪かった。しかしそんなことは些事に過ぎない。重要なのは、彼らもまた、が目指す人類救済のために必要な人材だったということだ。その人材を失うということは則ち、あの御方の目的から遠ざかるということ。

 よりにもよって自分の目の前で、それを許してしまったのだ。


 東雲は自責の念にかられていたが、しかし本来であれば、彼女はそんなことに責任を感じる必要は無かった。バッタの餌食となった兵士達は東雲の指揮で動いていたわけではなく、むしろ東雲の方がおまけとしてついてきたような形なのだから。

 しかしながら、彼女達の導き手たる“あの御方”に対する東雲の敬愛は極めて深く、その深さは、現場にいたにも関わらず何もできなかった、というそのことだけで東雲に自らを責めさせるに十分であった。


 とはいえ、いつまでも過去を悔いていても仕方がない。今からでも、あのお方のために何かできないかをむしろ考えるべきだ。

 東雲は、そう頭を切り替えた。

 だが切り替えたところで、自分の頭はこの事態への対処法を独力で考えつくほど良くはない。となれば、他の人間の頭を利用した方が良いだろう。具体的には、こうなることを予測していたらしい人間の頭だ。


「UMA探偵、お前は相手がバッタだということまでは分かっていなかったにしろ、巨大飛行生物ではなく、虫の大群だということには気づいていたんだよな?だったら、何かそれに対処するためのものを持ってきているんじゃないのか?」

 だが期待に反して、UMA探偵は頭を振った。

「やれやれ、何を言っているんだい、君は。それに気づいたのは、ここに来て推理に必要な材料――つまり、あの白骨死体とかだね――を目にしてからのことなのだから、ここに来ようとした時点で対飛蝗戦の用意なんてしてきてるわけないだろう?まあ、巨大飛行生物の存在自体には最初から懐疑的だったけれど、最初はむしろ、救援要請自体がただのイタズラだと考えていたからね。君らに捕まったせいで、いったん引き返して装備を整え直すこともできなかったし。というわけで残念ながら、飛蝗を殲滅するのに適した武器なんて持ってきちゃあいないよ」

「役に立たない奴だな!」

「あれだけの人数と装備で来ておいてあっさりやられてしまった君達には言われたくないよね」

「ぐっ……」

 感情のままに罵倒したが、あっさり反撃を喰らってしまった。


「まあこちらから攻撃をしかける分にはともかくとして、このトラックの幌はきちんと出入り口を閉じている分には虫であろうと入り込むことはできない。バッタUMAではないけれど以前にも昆虫UMAに襲われたことはあったから、そういう設計にしておいたのさ。巨大UMAだったらトラックごとひっくり返したり押し潰されたりする危険性もあったかもしれないけど、いかに大群とはいえバッタではその危険性も無いだろうさ。アリやハチの群れとは違って、バッタの群れは共同作業をしたりもしないしね」

 その言葉を聞いて、ひっかかるものがあった。バッタの大群が出現する前にこいつとの間で交わした会話だ。

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