第四章:UMA探偵と巨影の襲来-10

「スズメバチやグンタイアリの大群を想定していた私の推理では、襲われたものがきれいに白骨化していたことについては説明できても、まだ不可解な点が残っていたんだよね。しかし正体が飛蝗となると、その点にも説明がつく」

「ええと、その点というのは、どの点ですか?」

 俺の頭では、有馬さんの元々の推理でいったいどこに不可解な点が残るのかがそもそも分からない。

「何故、空が真っ暗になるほど増える前に、もっと群れの規模が小さい段階で発見されなかったのか、という点さ。たとえば、ここまで大きな群れじゃなくても、家一つ分くらいの面積の空を覆う程度の群れだって、十分に目立つ。それが人を襲うとなれば、尚更だよ。スズメバチや空飛ぶグンタイアリなら、ここまで個体数が増える前に発見されていて然るべきなんだ」


 分からない。

 いや、群れで飛んで人を襲うような虫は目立つから、もっと数が少ない段階で発見されていないとおかしいという理屈は分からないでもない。しかしながら、その理屈はバッタについても同様に当てはまるものだろう。

「それは、ハチや羽アリじゃなくてバッタだったとしても、同じことが言えるんじゃないですか?」

 思ったままを伝えた俺に対し、有馬さんは首を左右に振った。

「それは違うのさ。社会性昆虫であるスズメバチやグンタイアリはデフォルトで集団生活を営む生き物だけれど、飛蝗になるバッタはそうじゃあない。彼らには『孤独相』と『群生相』という二種類の形態があり、『孤独相』の時は、その名の通り、単独で生活していて、あまり飛び回ったりもしない。しかし同じ種類のバッタが高密度でいるような環境で育つと『群生相』への相変異が生じる。『群生相』になったバッタは『孤独相』と比較して羽が長く、よく飛ぶようになり、そしてこれも名前が示す通り、群れを作る」

「はぁ……」

「スズメバチやグンタイアリの場合との違いはそこだよ。つまり、こいつらは、個体数がある程度多くなったとしても、『孤独相』でいる限りにおいては、群れをなして飛び回ったりはしないんだ。たとえば、日本に生息するトノサマバッタも『孤独相』から『群生相』に相変異する性質をもつバッタだけど、大群で空を飛ぶ黒っぽい『群生相』のトノサマバッタを日本で目撃することはまず無い。見かけるとすれば、緑色で単独生活している『孤独相』のトノサマバッタだ。何故かと言えば、日本の生育環境ではトノサマバッタが『群生相』になるための条件が満たされるようなことはほぼ無いからさ。今、外を飛び回ってるこいつらについても、恐らく同じだよ。突然これだけの数が出現したわけではなく、恐らくは、これまでもそれなりの数はいたんだ。だけど、これまでは『孤独相』で、“鳴かず飛ばず”ならぬ“群れず飛ばず”の生活をしていたから、人目にはつかなかった。こいつらの形態は、私の知る限り、バッタ目の中でもキリギリス亜目のコロギスに一番近いけれど、キリギリスやコロギスの仲間なら隠れるのが得意な可能性も高いしね。更に言うなら、仮に見つかったとしても、『孤独相』の時のこいつらは、一般人の目から見れば、普通のコロギスとの違いなんて分からなかっただろう」

 普通のコロギスとの違い、とか言っているけれど、コオロギとかキリギリスならまだしも、一般人はそもそもコロギスなんて虫自体知らないのではないだろうか。


「それにしても、相変異により飛蝗になるのは本来、トノサマバッタやサバクトビバッタといったバッタ亜目に属する植物食のバッタだけのはずなんだけどね。同じバッタ目でも、肉食傾向が強いキリギリス亜目コロギス科は、それらとは系統的に離れている。キリギリス亜目の昆虫が独自に相変異する性質を手に入れたのか、あるいはバッタ目に広く感染するウイルス等により、相変異を引き起こす遺伝子がバッタ亜目の昆虫からキリギリス亜目の昆虫へと水平伝播したのか……」

 こんな状況下にも関わらず、夢中で語り続ける有馬さんの話は、どんどん意味の分からない言葉だらけになってきた。俺は理解しようとするのを諦める。というか、最後の方はもはや俺に話しているというよりは独り言ではないだろうか。


 そうしている間に、外にいる兵士はすっかりいなくなってしまっていた。全員がバッタの餌食となったのか、それとも一部は逃げ延びたのかは分からない。

 すっかり無人になった外の空間に、突如として光が差し込んだ。車のヘッドライトだ。一台のジープが現れ、助手席から武器を構えた兵士が一人飛び出す。

 敵のことながら、『何をしているんだ、早く逃げれば良いのに』と思ってしまった。

 だが、よく見ると、身に着けている装備が明らかにそれまでの兵士達とは違った。背中にタンクみたいなものを背負っている。

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