第四章:UMA探偵と巨影の襲来-9

 俺は、立ち上がった。

「見ない方が良いと思うけどね……」

 そう静止する有馬さんの言葉を無視して、窓から外の様子を覗う。


 見上げた空は、既に真っ暗になっていた。その空に向けて、兵士達がわけの分からない叫びをあげながら、銃を連射する。しかし空を覆っているは、容赦なく次々と彼らへ襲いかかった。全身を空と同様真っ黒に多い尽くされた兵士達はのたうち回り、そして動かなくなっていく。

 銃声が一つ、また一つと減っていった。一部の兵士達は、既に戦うことを諦めて逃走に移っていた。しかしその多くも逃げる途中で背後から襲われ、倒れていく。

 すぐ横で、別の窓から外の様子を覗っていたルルさんがぼそりと呟くのが聞こえた。

「とんだミスリードもあったもんだよね。空が真っ暗になるほど……空が真っ暗になるほど巨大なだなんてさ」


 俺が覗いていた窓に、兵士達を襲っているのと同じものがびたっと張り付いた。

「ひっ」

 俺は思わず、悲鳴をあげて後退る。そうしながらも、心のどこかでは、もう一人の自分が冷静に自嘲していた。

 死ぬべき時が来たら潔く死ぬとか言いながら、実際に死をもたらすものが現れたらそのざまか。


「UMA探偵っ!お前はこれだと分かっていたのか?!」

 背後から、狼狽した東雲が叫ぶのが聞こえてきた。それに対して、有馬さんは淡々と答える。

「そうだね。一頭の巨大生物ではなく、小さい生物の大群だろうとは思っていたよ。何故かって?ここにあった死体は、人間のものも、あの巨大両生類のものも、食べられ方があまりにもきれいだった。それこそ、内蔵までしっかりと食べ尽くされていたくらいさ。だけど、大型生物が獲物の内蔵を食べようと思ったら、肋骨をどけたりして骨をバラバラにしなければいけない。丸呑みにして消化できなかった骨だけ吐き出すというパターンもあるけど、どちらにしろ、あんな風にまるで骨格標本みたいなきれいな白骨死体は残らない。となれば、犯人は大型生物ではなく、骨と骨の間の隙間から入り込んで内蔵まで食い荒らせるような小型の生物だと推理するのは自然なことさ。もっとも、厳密には私の推理は完璧に当たっていたとは言い難い。私は、スズメバチのような肉食性の蜂とか、あるいは突然変異で羽が生じたグンタイアリの大群などではないかと考えていたからね」

 有馬さんは、いったん言葉を切って、窓に張り付いているに目をやった。

「……さすがの私も、飛蝗ひこうというのは、少し予想外だった」

 『ヒコウ』というのはどういう字を当てるのだろう、『飛行』じゃないよな、などと、どうでも良いことを頭の片隅で考えた。

 だが、漢字が分からなくとも、それが何を指しているのかは分かる。

 窓の外にいる、この無数の……バッタだ。


 そう、兵士達を襲っているのは、バッタの大群だった。

『銃弾を当てることはできるし、当てられたら殺せる。だが、それでも勝てない』

 まるで謎掛けのようだった、ついさっきの有馬さんの言葉。その意味も、今ならよく分かる。

 これだけ空一面にいるのだから、目をつむって撃ったって銃弾は当たるだろう。そして、撃たれたバッタは当然死ぬ。

 あれほど大掛かりな武装があれば、いや、あんな大袈裟な武装など無くたって、殺すのは簡単だ。

 そう、殺すことは簡単なのだ。だが……

 いくら撃ったところで、これほどの巨大な群れが相手では、死ぬバッタの数はほとんど誤差みたいなものだ。

 バッタよりも先に銃弾が尽きるだろうし、それよりも先に、撃っている人間の方が喰い尽くされる。

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