第四章:UMA探偵と巨影の襲来-8
「なんだ?日暮れが何の関係があるというんだ?」
「少し考えれば自明の理さ。そのUMAが今もこのあたりの空を飛んでいるのなら、とっくに君のお仲間が見つけている。しかしどこかへ飛んでいっている最中なら、一般人達に見つかって大騒ぎになっている。ならばそのどちらでもないのは何故か?」
「もったいつけるなと言っているだろう、貴様!いったい何が言いたいんだ?!」
すぐ横から溜め息が聞こえた。しかし、その主は有馬さんではない。
「つまりあれでしょ、あんたはそいつが夜行性で昼の間は飛んでないって言いたいんでしょ?救援要請があったのが日暮れ時だから、そっから夜の間にここにいた連中を食べて、日中は森のどっかで休んでた、と」
「ほう、よく気がついたね」
微笑む有馬さんを、ルルさんはじろりと横目で睨んだ。
「日暮れだからどうこうって言ってたらよっぽどの間抜けでも無い限り気づくっつーの。あんた、私を馬鹿にしてんの?」
……気づかなかった俺は、どうやらよほどの間抜けということらしい。まあ、ルルさんと比べて自分は頭の回転が足りていないな、とは確かにしばしば感じていたのだが。
いや、ルルさんと比べるまでもなく、俺の頭の回転は足りていないのだ。
もしも俺の頭がもっと回っていれば、あの時に、もっと別のことが言えていたはずだ。そして、そうであったなら、きっとあんなことにはならなかった。
こほん、と誰かの咳払いが聞こえてきた。過去に飛びかけていた俺の意識は、それによって現実へと引き戻される。
「も、もちろん私とてそれくらいのことは気づいていたがな」
……どうやら東雲は見栄っ張りなところがあるようだ。そして、致命的に嘘が下手でもある。ついさっき、『いったい何が言いたいんだ』とか言ったばかりではないか。
俺と同じことを思ったのであろう有馬さんとルルさんから、それぞれ生暖かい笑みと冷めた視線が東雲へ向けて送られる。
「た、確かにそう考えると、そろそろそいつが現れる時間帯だな。やれやれ、お前達の見張りが無ければ私もそいつを見物できたものを」
東雲はそう言うが、隊長と呼ばれていたあの男とのやりとりを考えると、見物に行ったりすれば嫌な顔をされたり嫌味の一つでも言われたりしそうだ。
「……仮に私達を見張らなくても良かったとしても、君はここから出ない方が良いだろうね」
有馬さんも俺と同じことを考えたのだろうか、と最初は思った。
だが、その顔は思いの外真剣だ。俺が考えたのと同じ理由なら、有馬さんならにやにや笑いながら言いそうなものなのに。
そして、それに続いた言葉で、やはりこの人は俺とはまったく別のことを考えているのだとはっきりした。
「この幌の入り口も、ぴったり閉めておいた方が良い」
「なんだお前、UMA探偵なんてものをやっていながら、そんなにここを襲ったUMAが怖いのか?」
東雲は嘲るように笑ってみせたが、どこかその表情には強張りがあった。恐らく、彼女も分かっているのだ。有馬さんは、闇雲に何かを恐れるような人ではない。
この人が警戒するからには、ちゃんとそれだけの理由がある。
「心配しなくても、何が出ようが外にいる部隊がすぐに始末してくれるさ。彼ら古参メンバーは私達に好意的でこそないが、実力は折り紙付きだ。装備についても万全の態勢が整えてある」
「ここに連れてこられる途中でちらりと見たけど、確かに、
「殺されたここの警備部隊だって、それなりの武装はしていたんだ。それに、ここで飼われていたあのバカでかいサラマンダーみたいなやつ、あれは生半可な銃火器で挑んだら返り討ちにされるような、デタラメなバケモノだ。そのバケモノを喰い殺すような奴が相手なんだから、それ相応の武装が必要なことくらい、こっちだってちゃんと理解している。それを揃える必要があったからこそ、救援要請を受けてすぐには来られなかったのだからな」
「だが」
有馬さんは、スッと目を細めた。
「あの装備では、ここを襲ったものには勝てない」
「ばっ、馬鹿馬鹿しい。そんなわけあるか!」
「アンチマテリアルライフルって、あれでしょ?戦車の装甲ぶち抜くために作られたってやつ」
「まあ、装甲が更に硬くなった現代の戦車相手だと、アンチマテリアルライフルでも歯が立たないけどね」
「でもどっちにしろめっちゃ威力高い銃ってところは違わないんでしょ?それでも殺せないってことは、そいつはその現代の戦車並みに頑丈ってわけ?」
ルルさんの問いに対して、有馬さんは首を左右に振った。
「前にも言ったかもしれないけど、飛行生物というのは軽量でなくてはいけないんだよ。アンチマテリアルライフルでも貫けないような厚い装甲を身につけた生物が仮にいるとして、そんなのが空を飛ぶというのは無理がある」
そして、更にこうつけ加えた。
「私は何も、殺せないとは言っていないよ。殺せるか殺せないかという話をするなら、もちろんアンチマテリアルライフルで殺すことは可能だろうさ」
ルルさんは一瞬無言になり、腕を組んで天井を睨みつけるようにしながら考えていたが、すぐに何か思いつくことがあったようだった。
「あー、それはつまり、当たったら殺せるけど、動きが素早すぎて当てられないってこと?」
なるほど、確かに厚い装甲を背負った飛行生物よりは、動きが非常に素早い飛行生物の方が想像はしやすい。
しかし、有馬さんはまた首を振った。
「それも違う。当てられるか当てられないかで言えば、まあ当てられるだろうね」
「あああああああ!もう!何なんだお前は!もったいぶるなと!さっきから何度も言ってるだろうが!」
有馬さんの返答は、ルルさんへ向けたもののはずだったが、ルルさんより先に東雲の方がキレた。
一方、ルルさんはと言うと……どういうわけか、無言であらぬ方向を見ている。その横顔が、やけに険しい。そして、ぼそりと呟いた。
「……なるほどね」
「分かったんですか、ルルさん?」
「分かったっていうかね……考えるまでもなく、答えの方が出てきた」
そこで俺は、ようやく気がついた。ルルさんは別に、何も無い虚空を睨んでいたわけではなかったのだ。幌には小さめの窓がいくつか取り付けられている。ルルさんの視線の先には、その一つがあったのだ。
そしてその窓からは、もう西日は差し込んでいなかった。日が完全に沈むまでは、まだ時間があるはずなのに。
外からは、連続する銃声と悲鳴――そして、ヴァヴァヴァヴァヴァ……と奇妙な音が聞こえてきた。
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