第四章:UMA探偵と巨影の襲来-7
ここを襲撃したUMAを倒したら戻ってきて俺達を拷問にかける、と言っていた隊長達は、しかしなかなか戻ってこなかった。
ただただ、時間だけが過ぎていく。
窓からオレンジ色の西日が差し込んできたが、外からは銃声一つ聞こえてこなかった。UMAは見つからなかったのか、見つけたが銃を使うまでもなく倒せたのか、あるいは逆に、兵士達の方が銃を撃つ暇も無く全員やられたのか。
まあ、最後の可能性はほぼ無いだろうけれど。
ここに元々いた人達は何の準備も無く突然襲撃を受けたはずだが、それでも救援要請を送るくらいの間は持ちこたえられたのだ。最初から戦うつもりで装備を整えて来た兵士達が、弾の一発も撃たずにあっさりやられてしまうわけがない。
「……遅いな。空が真っ暗になるくらい巨大なUMAなら、てっきりすぐに見つかるだろうと思ったのだが」
似たようなことを考えていたらしい東雲が、ぼそりと呟いた。
「もしかして、もうここにはいないのか……?」
言われてみれば、空を飛ぶ生き物というのは移動能力が高い。確か、渡り鳥の中には、北極と南極を行き来するようなのだっていたはずだ。
昨夜ここがUMAに襲撃されたからといって、そのUMAが今日もまだここにいるとは限らない。
「さて、それはどうかな」
東雲の言葉は、恐らくただの独り言だったのだろうが、有馬さんはすかさず反応した。
「仮にここにはいないとしても、そう遠くへは行っていないだろうね」
「何故そんなことが言える?」
「空が真っ暗になるほど巨大なものが飛んでいったら、絶対に目立つからだよ。ここは山の中だけど、そんなに人里離れてるってわけじゃあない。ここからどこか遠くへ飛んでいったなら、途中にある町や村で目撃されて大騒ぎになってるはずさ。救援要請だってここ以外からも出されただろうね」
「だったら何で見つからない」
「とりあえず、三つくらいの可能性は考えられるかな。一つは、ここからは少し離れているけれど、一番近い人里までは達していないくらいの微妙な位置に潜んでいるせいで、捜索の範囲がかなり広がるまでは見つからないというもの。二つ目は、見つけたにも関わらずあの隊長達が君に連絡してこなかった、あるいはできなかったというもの」
東雲の眉間に皺が寄った。仲間内で自分が嫌われていることを皮肉られたと受け取って、気分を害したのかもしれない。しかしながら、その点については、特に何も触れなかった。
「で、三つ目は、そのUMAが今もこのすぐ近くにいるにも関わらず、見つけることはできていない、あるいは、見つけたにも関わらず、それだと気づいていないというものだね」
見つけたにも関わらず、それだと気づいていない?
そんな妙は話があるだろうか。空が真っ暗になるほどの巨大生物なんてそうそういるわけがないし、見つけたら一目瞭然だと思うのだが。
東雲の目が、訝しげに細められた。
「UMA探偵、お前、何か分かったのか?」
「はて、何かとは?」
有馬さんは首を傾げてみせる。
「わざとらしくとぼけるな。ここを襲ったものの正体に決まっているだろう。探偵とつくからには、推理の一つや二つくらいあるんじゃないのか?」
「推理には証拠集めが必要なんだよ。君達のせいでそれがまだろくにできていない。そっちこそ、私達よりも早くここに来ていたんだろう?何かの痕跡でも見つけたんじゃないかな?」
東雲は首を左右に振った。
「……いや。すっかり骨になってしまっていた死体の周りにも、襲った側の肉片とか血痕すら残っていなかった。同志全員が無抵抗でやられたとは考えにくいのだが」
死体……。
そうか、ここでは人が死んだのか。
初めて、それを実感した。考えてみれば、あの救援要請が悪戯ではないと判明した時点で、それくらい分かっていて然るべきだった。だが、実際に死体という言葉を聞くまで、そうは思っていなかったのだ。
ここで人が死んだのなら、そして、殺した何かが、もしまだこのあたりにいるのなら、あの隊長達による拷問とはまた違うかたちで、自分が死ぬ可能性もあるわけだ。
「すっかり骨に、と言ったね?私が見たやつは、骨格標本みたいにきれいに骨になっていたけど、他のもそんな感じかい?」
東雲は、今度は首肯した。
「ああ。屋内にいた非武装の者達だけでなく、武器を持って外で警備していた部隊の者達までが全員、きれいなほどの白骨死体に……」
「ちょっと待った。屋内に死体?」
疑問形で終わった有馬さんの言葉に、東雲は首を傾げた。
「何かおかしいか?建物の窓は開いていたからそこから侵入されたのだと思うが?」
「窓、ね。飛行生物というのは、翼が大きい分、実際の体格のわりにはかさ高い。どのくらいの大きさの窓なのか見ていないからなんとも言えないけど、『空が真っ暗になる』なんて表現されるほど巨大な飛行生物が果たして窓から入れるかな?」
「翼は折り畳めば済む話だろう」
「まあ確かに、鳥類のように器用に翼を折り畳んで後ろ足だけで歩くのであれば、それも可能かもしれない。史上最大の飛行生物であるアズダルコ類の翼竜のように、翼を前足として使って四足歩行する場合は難しいだろうけどね。もっとも、そのどちらとも違う可能性もあるわけだけど」
「……何なんだ、お前はさっきから。分かっていることがあるなら、さっさと言ったらどうなんだ」
もったいつけるような有馬さんの言い方に、東雲はだんだんと苛立ちを募らせてきているようだった。
一方の有馬さんは、手錠をかけられた上に檻に閉じ込められているという、一方的に撃ち殺されてもおかしくない状況にも関わらず、余裕の態度を崩していない。
何か秘策でもあるのだろうか。それとも、単に脳天気なだけなのか。
「ふむ。君は、骨格標本みたいにきれいに食べられた白骨死体を見て、何かおかしいとは思わなかったのかな?」
「どういう意味だ?何がおかしい?」
有馬さんは、にやりと笑った。
「まあ、焦らなくてももうじき答えは出るさ。そろそろ日が暮れる頃合いだからね」
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