第四章:UMA探偵と巨影の襲来-6

「そう、それなんだけど!」

 唐突にルルさんが叫んだ。

「どれだ?」

「一般人ってとこ!有馬はともかく、私らは本当に一般人なんですけど!ASEAとだって、取材対象として以外の関わりなんて無いし。っていうか、あんただってさっき私のことは調べてただの三流番組の美人レポーターだって分かったとか言ってたよね?だったら有馬はともかく私らだけは逃してくれたって良いよね?」

「さらりと有馬さんを見捨てて自分だけ逃げようとしてるの、酷くないですか?」

 しかもさりげなく自分で美人レポーターとか言ってるし。

 しかし逆に、小声でこちらが叱責されてしまった。

「何言ってんの。足手まといになる素人の私らがいない方が、有馬だって逃げられる可能性が高まるじゃん。有馬一人なら自力で何とかできるシチュエーションでも、私らまで逃がそうとするとそうはいかないってこともあるでしょ。これはあいつのためでもあるの」

 その言い分自体には一理あるのだが、それを言っているのがルルさんとなると、やっぱり単に有馬さんを見捨てて自分だけでも逃げたいだけなのでは、と思ってしまう。


「ならばやはり、UMA探偵に対する人質として、お前達のことも確保しておいた方が良さそうだな」

 残念ながら、さきほどのルルさんの発言は東雲にも聞こえてしまっていたらしい。すぐ横にいる俺がかろうじて聞き取れるくらいの音量だったのだが、有馬さんと同様に東雲も耳はかなり良いようだ。

 UMA探偵である有馬さんが、野生動物の気配をいち早く察知するために聴覚を鍛えているのだとすれば、工作員である東雲は他人の話を盗み聞きするためにそうしているのだろう。となれば、まさに今その目的通りに使われたということになる。


「もっとも、たとえ人質としての意味が無かったとしても、お前達を解放するわけにはいかないという点に変わりはないがな。私は、今回の任務を担当している部隊の隊長から、お前達の見張りだけを命じられている。逆に言えば、解放する権限などは与えられていない。彼と私の間に直接の上下関係は無いが、今回に限って言えば、彼の指揮下に入るという条件で同行を許可されているしな」

 あの白髪混じりの男、隊長とか呼ばれてるわりに東雲には敬語を使うんだな(といってもどちらかと言うと慇懃無礼の部類だったが)とは思っていたが、どうも同じ組織内でも違う命令系統に属しているらしい。

 そうなると、あの隊長の東雲に対する態度が露骨に悪かったのも、組織内での派閥争い的なものの影響と考えられる。


 しかし、ここでの指揮権があの隊長にあるのだとすると、やはり彼の言っていた通り、ここを襲撃したUMAの件が片付いた後には、俺達は拷問の末に殺されてしまうのだろうか。

 何かを知っているのであれば、早い段階で洗いざらい白状してしまうという選択肢もあるだろう。しかし俺の場合、本当に何も知らないので、『知りません!本当に何も知らないんです!』『嘘をつくな!』といった感じで、延々と拷問されてしまうことになりそうだ。


 そんな死に方は嫌だなぁ、と思う。

 次こそ、今度こそ、死ぬべき時が来たら、死ぬ機会が訪れたら、潔く死のうと思ってはいるのだが、やはり苦痛に塗れた死に対する恐怖は拭えない。

 一方で、そんな自分に対する嫌悪感もある。

 はきっと、俺が単に死ぬだけでなく、苦しみながら死ぬことを望んでいるはずだ。

 ならば、そうした死に方を甘んじて受け入れるのが、せめてもの俺の責務のはずなのに。


 笑顔や泣き顔は容易に思い出せても、怒った顔を見た覚えはほとんど無く、その稀な怒り顔も、たいていは自分ではなく他人のためだった彼女。

 そんな優しい、いや、優し彼女が、他人の死や苦痛を願う姿というのは、どうにも想像しづらい。

 だが、彼女とて菩薩ではないのだ。

 絶対に許せない相手、最大限の苦痛を与えた上で殺してやりたいと願う人間はいるだろう。

 そう、例えば、彼女自身の命、そればかりか、その子供の命までをも奪った人間とか。

 つまり、俺のことだ。

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