第三章:UMA探偵と巨大な白骨-2

 開け放された扉に近づいてみると、有馬は奇妙な点があることに気がついた。

 扉の周囲の壁、その一部――具体的には、鍵をかけた時にデッドボルトがくるであろうあたり――だけが、他よりも新しいのだ。どうも、一度破壊された後、修繕を受けたようだ。

 わざわざこの位置を狙って破壊、そして後に修繕となると、これはUMAの体当たりなどで壊されたものではない。

 鍵のかかった建物に侵入するため、人の手により行われたものだ。


 この施設、過去に人間同士での戦闘があった場所なのか?

 ならば、昨日ここを襲撃したのはUMAなどではなく、人間だった可能性も出てくる。少なくとも、『空が真っ暗になるほど巨大な』飛行生物よりは、そのくらいのサイズがある飛行船とかの方がまだ現実的に有り得る存在だ。


 だが、有馬はすぐに自分でその考えを打ち消した。

 救援要請では、『喰われた』とか言っていた。そして、その言葉を裏付けるあの白骨死体。

飛行船にしろ、そこから降りてきた兵士にしろ、人間を食べたりはしないだろう。


 屋内も調べてみるべきかと思案していた時、建物の更に向こう側に、妙な設備があるのが目に入った。

 ぱっと見には、直径百メートルほどの穴の周囲を、5メートルほどの高さの鉄格子がぐるりと取り囲んでいる。あえて似ているものを挙げるとすれば、上から観察できるように設計された動物園のサル山だろうか。

 ひとまず、建物内部よりもそちらの設備を優先して調べることにした。

 薄暗い屋内に入ることに気乗りしなかった……というわけではない。これまでに多くの洞窟や森林、時には遺跡などにも踏み込んできた経験のある有馬は、さすがにそこまで小心ではなかった。

ただ、空を覆うほど巨大な飛行生物が屋内に侵入したとは考え難く、したがってそこに何らかの痕跡が残っている可能性も低いだろう、と判断しただけである。


 用心しながらも、謎の設備に近づいて下を覗き込んだ有馬は、息を呑んだ。

穴は相当な深さで、二、三十メートル下まで落ち込んでいる。穴の下は外周に沿って堀のように水が湛えられているが、深さは一メートルも無いようだ。中央部分は陸地になっていた。そしてそこに、全長十数メートルにも達する巨大な蛇がいた。


 巨大な蛇が『いる』のではない。『いた』のだ。

 過去形である。

 何故ならそれは、既に骨だけとなっていたからだ。

 有馬は、まるで骨格標本のようにきれいに白骨化したそれをじっくりと観察した。

「これほどのサイズに成長するとなると、オオアナコンダかアミメニシキヘビ……それにしても大きすぎる気がするが……まさか絶滅したはずのティタノボア?いや、違う!これは明らかにそのどれとも違うぞ!」

 有馬は興奮のあまり、聞かせる相手もいないというのに口に出して解説していた。

「この頭骨の形状、これは爬虫類ではなく、両生類だ。手足が退化したサンショウウオかイモリの巨大種……いずれにしろ前代未聞だ」

 惜しむべくは、その前代未聞のUMAが既に白骨死体となっていることだろう。ここの職員と思しき人間と同様に。


 同様に……?

 ちょっと待て。

 同様にというのか?

 こんな巨大UMAが?

 馬鹿な。


 信じられなかった。

 自然界ではたいていの場合、大きさはすなわち強さだ。巨大なアフリカゾウにはライオンも普通は手を出さない。

『すべての生物のサイズが同じなら最強なのはクモかアリ』などという有り得ない仮定を前提とした話は無意味なのだ。クモもアリも、ゾウどころかネズミや小鳥にさえ殺され得る。

 そもそも、アリが自重の何倍もの重量を運べるのは、筋肉の強さがその断面積に比例するのに対し、物の重さは体積に比例するため、小さい生物ほど自重に対して運べる重さの比率が増えるからだ。例えば、ある生物がまったく同じ形状のまま縦・横・奥行き全てが2倍になった場合、体重は8倍になるが、筋肉の断面積は4倍にしかならない。したがって、自重に対する運べる重さの比は、元の生物と比較すると半分になる。

 仮にアリがゾウと同じサイズになったとしたら、あの細い足では自重を支えられるかもはなはだ怪しいところだろう。


 いや、今はそんなことはどうでも良い。要は、こんな巨大UMAはそうそう他の動物に襲われて喰われたりはしないはずだということだ。

 しかも、歯の形状から考えても、また既知のサンショウウオやイモリの生態から考えても、このUMAはまず間違いなく肉食動物だ。この体格でなおかつ肉食動物となれば、攻撃力は相当なものと見て良いだろう。


 有馬は双眼鏡を取り出した。

 こんな化け物じみた生物と戦って、相手が無傷などということが有り得るだろうか?食い千切られた体の一部でも残っているのではないか。それがあれば、襲った側についての手がかりになる。

 だが、いくら目を凝らしても、それらしきものは何も見当たらなかった。


 そうなると、反撃する間も無く一撃で仕留められたのか。

 確かに、寧ろそちらの方がまだ自然であるように思える。

 仮に、この体重も相当ありそうな巨大UMAの反撃を一発でも受けたとすれば、飛行が可能なほど軽量級の生物には、それに耐えることなどとてもできないだろう。

 一方で、飛べない生物の場合、この穴の底にいる巨大UMAを襲撃し、食い尽くして去っていくための侵入・脱出経路がどうなるのかという問題がある。

 あの救援要請の『空が真っ暗になるほど巨大な』という言葉も合わせて考えると、やはり飛行生物が上空から急襲し、反撃を受けることなくこの巨大UMAを倒したと考えるのが一番自然だ。


 いや、そうか?

 本当にそうか?

 何かおかしい。

 何かおかしいぞ、この死体。

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