第二章:UMA探偵と立入禁止-1

「で、何で私達までその空飛ぶ巨大UMAが目撃されたらしい山に向かってるんでしょうね」

 そう言いながらルルさんがじろりとこちらを睨んできた。幌で覆われた薄暗いトラックの荷台にいるせいで、怖さも三割増しになっている。

「いや、俺に聞かれましても」

「へーえ?誰かさんがBad Timingバァーッドタイミングで電話かけてきた班長に余計なこと喋っちゃったからじゃなかったけなー?」

 何故かバッドタイミングだけネイティブ風味の発音にしてるのも、多分怒りの表明なのだろう。とりあえず謝っておいた方が良さそうだ。

「すみません」


 ちなみに、班長当人は来ていない。いろいろと理由をつけていたが、実際は単に怖いだけだろう。この前の巨大タコUMAの時も、実際にUMAが出た後は船に乗ろうとしなかったし。


「なんなら、君達はここで降りてこのあたりの撮影だけして、何もいませんでしたって報告すれば良いんじゃないのかい?目的地はもう少し先だから、ここなら巨大飛行UMAも出ないだろうさ。ま、そもそもそんなものがいればだけどね」

 こちらの会話が聞こえていたのか、運転席から有馬さんが声をかけてきた。

「撮影した後、こんなところから歩いて帰れっての?」

 ルルさんが今度は有馬さんの方を睨むが、運転している彼には見えていないだろう。

「それにさー、この前撮影した巨大タコの映像、どんなコメントがついたと思う?『どう見てもCGです。本当にありがとうございました』とか『合成乙www』とかそんなのばっかだったんですけど!現場を知らない会議室にばかり籠もってる上の連中にも同じようなこと言われるし。これで今『何もいませんでしたー』みたいな映像持って帰ったら、『ほらね、あいつらの実力なんてこんなものさ。やっぱり前のもCGだったんだ』ってまた馬鹿にされるじゃん。あああああー腹立つっ。だから今度こそあのバカどもをぎゃふんと言わせてぐうの音は出ないようなものを手に入れたいわけよ」

 恐らく、麻倉班長に命令されたから仕方なくというよりは、そっちの方が本音なのだろう。なんだかんだ言ってルルさんはプライドが高く、なおかつ意地っ張りなのだ。

 それに、この前の一件以来、班長は表向きは虚勢を張っていても内心ではルルさんを恐れているのが見え見えだし、班長の命令というだけなら、ルルさんが強く拒否すれば覆せたはずだ。

 しかしそんなことを言えば更にルルさんの機嫌を損ねそうな気がするので指摘はしないでおき、代わりに話題を逸らすことにした。


「さっき『そもそもそんなものがいればだけど』と言いましたが、有馬さんは空飛ぶ巨大UMAはいないと思っているんですか?」

 少し意外ではあった。なにしろ、UMA探偵などという一般人が聞いたら胡散臭さに眉をひそめるような職業につき、更には堂々とそれを名乗るような人だ。この前、海のUMAについて嬉々として長々と語ったことから考えても、とにかくUMAに関しては実在することを期待するスタンスでいるタイプだと思っていたのだ。


「そりゃあまあ、UMA探偵としてはいることを期待したくはあるけどね」

 有馬さんは、俺の考えを見透かすかのように、まずそう答えた。

「しかしね、UMA探偵はあくまでも科学的にUMAを追う職業だ。UMAを魔物の類ではなく生き物だと考えれば、残念ながら空飛ぶ巨大UMAが実在する可能性は低いと言わざるをえない。UMAというのは未確認だからこそUMAなのであり、故に通常は見つかり難いものだ。一方で、君達にも分かると思うけど、空を飛ぶ大型生物というのは基本的に目立つものだよ。大型生物でも海に潜んでいれば見つかり難い。陸上にいても、密林などに生息していればやはり見つからない場合もあるだろう。ところが、空となるとそうはいかない。海や森と違って隠れるところが無いし、今の時代なら衛星写真にだって写りかねない。空を飛ぶUMAもまったく知られていないわけではないが、たいていは森の木々の間を飛ぶもので、そういった比較的狭い空間で活動できる以上、そこまで巨大じゃあない。比較的大型なインドネシアのアフールやアフリカのオリティアウ、コンガマトーなんかもせいぜい翼開長3メートル前後ってところさ。これは確認されている現代の飛行生物としては最大級のワタリアホウドリやコンドルと同程度の大きさで、確かに飛行生物としては大型ではあるけれど、さすがに空が真っ暗になるほど巨大な、なんて言うほど大きくはないよね。絶滅した飛行生物としては、最大で翼開長12メートルに達すると言われる中生代白亜紀の翼竜ケツアルコアトルスやハツェゴプテリクス、新生代に入ってからの生物なら翼開長5~6メートルの猛禽類アルゲンタヴィスや6~7メートルの海鳥ペラゴルニス・サンデルシなんていうのもいるけど、このサイズでも飛行機なら小型の部類で、空が真っ暗になんて表現をするにはやはり小さい。まあ、こうした巨大飛行生物が実は生き残っている説には個人的には魅力を禁じ得ないし、心理的な影響で大きく見えたと考えることもできはする。しかしね、こうした大型飛行生物は開けた地形の上空を飛び回って餌を探していたと言われている。ただでさえ大きいのに、そんな生態じゃあ尚更目立つし、やはり今に至るまで未確認のままというのは考え難いよね。というわけで、今回の救難要請はただのイタズラとかじゃあないかと私は見ている」


「イタズラねぇ……。そうだと良いんだけど?」

 延々と木ばかりが続く窓の外の景色を見るともなしに見ながら、ルルさんがどこか冷たく聞こえる声音で呟いた。

「イタズラだったら人に聞かせてなんぼでしょうに、暗号通信で送るかなぁ?だいたい、今の『空飛ぶ巨大生物が未確認のままでいられるはずがない』っていう話ってさぁ、そいつが絶滅動物の生き残りにしろなんにしろ、元々野生動物だったらって前提だよね?この前の偽警官と愉快な仲間達みたいにUMA絡みの謎の武装組織がいるくらいなんだから、人為的に作り出されてこっそり飼われていたのが逃げ出したって可能性もあるよねぇ」


 車内の温度が、少し下がったような気がした。

 言われてみると、確かにそういう可能性もあるのだ。

 そして、あの救難要請が本物だった場合、この先には空が真っ暗になるほど巨大で、更には人を襲って食べる飛行生物がいるということになる。


 今度こそ、俺も死ぬ時が来るのかもしれない。

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