第一章:UMA探偵と優しいバール-2
「それにしてもこのタコ……」
「このタコじゃなくてラヴちゃんだよ」
訂正された。
少し前までならルルさんのこの可愛い子ぶった言動にもさほど違和感を覚えなかったが、猫を被っているだけと知った今ではむしろ不気味さを感じる。
「……可愛らしい名前ですね」
ルルさんらしくもなく、とは言わない。
「フルネームはラヴクラフトだけどね」
可愛らしさが跡形もなく消失した。これでもかと言うほどに雲散霧消だ。
「……このラヴクラフトですが、さっきからずっと水槽の外に出てるけど大丈夫なんですか?タコって水の中にいるものなんじゃ」
「あー、なんかね、そのくらいの大きさになってから、水中にいるのを嫌がるようになっちゃってね。水槽に入れても勝手に出てきちゃうし、蓋をつけて出られないようにすると上の方に張り付いて普段は水に浸からないようにしてる。時々は水浴びして乾燥し過ぎないようにしてるみたいだけど」
「興味深いね。川で生まれて海で育ち、また川に戻るサケや、逆に海で生まれて川で育ち、海に戻るウナギのように、生物種によっては成長段階に応じて生活の場を変えるものもいるが、もしかするとこのタコは一時期を陸上で過ごすのかな?軟体動物でも陸貝のように陸上生活を送るものはいるから、タコにそれができる種がいてもおかしいとまでは言えないが、しかしそれにしても前代未聞だ。やはりこれはUMA探偵協会で引き取ってきっちり観察を」
「だからそれはダメだって!」
論争が再燃しかけた時、渋い男の声がどこからか聞こえてきた。
『動くな。お前は完全に包囲されている』
「えっ、えええ?!」
周囲を見回そうとするルルさんを慌てて止める。
「ちょっ……動いちゃダメですって」
「いや、お前何でそんなに落ち着いてんの?!」
「いや、むしろ君が落ち着きたまえよ。これは私の携帯電話の着信音だ」
『ボスのカピバラに手を出して無事に逃げきれるとでも思っていたのか』
「まッぎらわしい着信音設定してんじゃねーよこのウマ探偵!無駄にクリアな音声のスマホ使いやがって!」
「君はびびり過ぎじゃないのかな」
「ついこの前、ヘリで爆撃するような武装集団に危うく襲われかけたとこだぞ!びびりもするわボケが!あれ以来なんか変な視線を感じるような気がするし、あの偽警官の仲間が口封じの隙でも窺ってるんじゃないかってドッキドキだったんだからな、こっちは!」
ルルさんはそんなことを考えていたのか。俺の方は何も気にせずまったくそれまで通りに生活していた。しかし確かにそういう可能性もあったわけで、俺はやはり考えの足りない人間なのかもしれない。
もっとも、今更どうだって良いことだが。
『無駄な抵抗はせず、おとなしく逝ってくれないか。俺もお前を無闇に苦しめたくはないんだ。……なぁ、覚えてるか、俺のジャンガリアンを殺りやがったあの野郎が可愛がってたビーバーを俺達二人で味噌煮込みにして食べた時のことを。あの頃は……』
「さっさと出ろよ!オッサン語りだしちゃってるだろ!」
「そう騒がないでくれないか。君に言われなくとももう出るよ」
呆れたような顔で電話に出た有馬さんだったが、向こうの話を聞いているうちに段々とその表情が真剣なものに変わってきた。
「……了解した。とりあえずその傍受したという音声と、位置情報を送ってくれ」
そう言って電話を切ると、何かの操作をし始めた。するとまた聞き覚えの無い人の声が流れ出した。先ほどの着信音のとは異なり、今度はノイズが多い上に途切れ途切れだ。
『緊きゅ……ザザッ……空が真っ暗になるほど巨大な……ザザッ……も喰われ……至急応え……ザザザザーッ』
最後のノイズが途切れると、室内が静寂で満たされた。
「何、今の。それも着信音?」
ややあってルルさんがそう尋ねたが、そうではないことは当人も多分分かっているだろう。恐らく、この微妙な沈黙をどうにかしたかっただけだ。
「だと良かったんだけどね。これはUMA探偵協会の基地で傍受したという救難要請だ。傍受自体は昨日の夕方頃らしいが、暗号化された通信だったとかで、解読と発信位置の割り出しに今までかかっていたらしい。で、割り出した発信位置の比較的近くにいて、なおかつ優秀なUMA探偵であるこの有馬勇真にお鉢が回ってきたというわけさ」
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