第五章:琴家ルルからヒュドラに再見-4
私と有馬は、いったん船へと戻った。
「まったく、無茶をする」
有馬は感謝よりも先に説教してきたが、確かに自分でも何であんなことをしたんだろうと疑問に感じてしまうくらいの無茶だった。
さっきまでは必死だったが、落ち着いてから改めてタコの死体を見ると、その巨大さに身震いする思いだった。最後にタコが断末魔の足掻きをした時、足の一本でも直撃していたら、どこかに叩きつけられてそのまま死んでいたかもしれない。
音響兵器のバッテリーを予備のものに交換してから、海へ潜り直した。文字通り命懸けで守ろうとしていた親ダコには悪いが、卵を処分してしまわなくてはならないからだ。親ダコが死んだ以上、新鮮な水を吹きつけられることもなくなった卵はどのみち死んでしまうだろうが、念には念を入れる必要がある。
それは、すぐに見つかった。
藤の花に外見が似ているため、海藤花と呼ぶらしい。白い房のようなものが大量に垂れ下がり、揺れている。その周りを、何か小さな白っぽいものが泳いでいた。見ている間にも、海藤花から次々と新しくその小さなものが出てきていた。
まずい。既に孵化が始まっている!
有馬が慌てて、海藤花と、まだその周辺に
親ダコだ。
こいつ、死んだように見せかけて、実はまだ生きていたのか!
だが、もう海蛇にも、海底にも擬態していない。そんな力は、もはや残されていないのだろう。
割り込んで来こそしたものの、親ダコにはもはや足を満足に動かす力も無いことを見て取った有馬は、相手にせずに回り込んで、子ダコを狙い直そうとした。
しかしそれよりも早く、突如として強い水流が巻き起こった。その水流に乗って、白く半透明な子ダコ達が舞い上がり、そして散っていく。まるで花吹雪のようなその様に、私は一瞬、見惚れてしまった。
タコの親は、卵に新鮮な水を吹きつけ続けながら守るのだという。今の唐突な水流は、きっと、その最後の息吹だったのだろう。
標的が広範囲に散ってしまい、もはや狙いをつけられなくなってしまった有馬は、一度は音響兵器を構え直したものの、結局は諦めたように腕を下ろした。そして、力無く漂う親ダコの方を振り返った。その目は、悔しさよりもむしろ、称賛を湛えているように見えた。
その気持ちは、分からないでもない。
体色を変える力を失ってなお、最後は死体に擬態してまで、私達の目を欺き通したのだ。
まったくもって、こいつは……見上げた奴だった。
その有馬と私の目の前で、親ダコは体をぐるりと反転させた。もはや戦う力は残っておらず、子供を送り出すという目的も達したというのに、今更何をしようというのか。
そこで私は、こちらに向けられた方の目に、私が撃ったスピアが刺さっていることに気がついた。それはつまり、無事な方の目は、去り行く子ダコ達の方へ向けられているということを意味する。
そうか。
こいつは、旅立つ我が子達を、見送ろうとしているのだ。
最後の最後まで、見守られながら、子ダコ達は海流に乗って消えていき、そしてそれを見届けた後、親ダコは今度こそ何の嘘偽りも擬態も無く、その生涯を閉じた。
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