第四章:UMA探偵とヒュドラの再現-3

 二十分後、私と有馬は、ダイバースーツに着替えて再び船の上にいた。

 私がまたもシーサーペント、いや、クラーケンの元へ向かうことになったのは、先ほど錯乱した際に、自分の素顔が映っている(と思っていた)ビデオカメラを有馬のスピアガンで爆破してしまったためだ。

『なるほど、明後日の方向を撃ったと思っていたが、あの中年が落としたビデオカメラを狙っていたというわけか』

 有馬は、妙なところで感心していた。

 もっとも、せっかくUMAの撮影に成功したビデオを破壊してしまったとはいえ、先刻、私の狂乱ぶりを見たばかりの麻倉には、さすがに責任を取って撮影し直してこいと私に命じる度胸は無かった。したがって、私は別に是が非でも有馬と共に来なくてはならなかったというわけでもない。だからこれは、どちらかと言えば自発的なものだ。

 とはいえ私の方も、責任感だけから再度撮影に赴こうというほど殊勝しゅしょうな人間ではない。

 だから、ビデオを爆破してしまったから再度撮影に行かなくてはならない、というのは表向きの動機、見せかけの理由だ。

 では本当の理由は何なのかと問われると、正確なところを説明するのは私自身にも難しい。

 ただ、あの海蛇が実際には海蛇ではなく、そう見せかけていただけのタコで、私の目はずっと欺かれていたのだと有馬に気づかされた時、何というか、こう、非常に……しゃくに障ったのだ。


 私は小学校でのあの失態から十年以上ずっと、うまく人の目を欺いてきた。つき合いが長い上に頭の回転が速い麗奈のような相手にだって、完全に見破られずにその目を誤魔化せてこれていたのだ。

 それが今日、衆人環視の状況で本性だの素顔だのを散々晒す羽目になってしまった。

 一方でその元凶となった相手は見事に私を含む全員の目を欺き、本体は人目につかない海底で高みの見物――実際には低い位置ではあるが――を決め込んでいたのだ。


 癪に障る。


 その一方的にこちらだけが、それも擬態という自分のフィールドで感が、とてもとても癪に障るのだ。

 要するに、こういうことだ。

 お前のせいでこっちは散々晒され、見られたのだから、お前も同じ目に遭わせてやらないと気がすまない。

 言うなれば意地であり、また、八つ当たりでもあるのだろう。私の意地なので、矢部は付き合わせていない。別に是が非でも配信に使用可能なものを撮るつもりは無いので、撮影も自分でやる予定だ。麻倉は来るはずも無いので、今、船にいるのは有馬と私、そして船を操舵しているイトウだけだ。


「さて、そろそろさっきの場所だ。イトウ君、あちらさんが姿を見せたら面舵いっぱい」

「了解ッス」

 有馬とイトウはつい先程、火花を散らしたばかりだというのに、今は何事も無かったかのように相棒を演じていた。

 そして、その会話が終わるのを待っていたかのように、巨大な海蛇が海面を割って現れた。やはり、毎回同じ場所に出現するようだ。となると、は正しかったのか。


 船は急カーブを描き、海蛇から遠ざかるように方向転換を始める。それと時を同じくして、有馬は慌てることなく、既に構えていたスピアガンを撃った。

 放たれたスピアは、見事に海蛇の頭に突き刺さった。

 そのまま船は、海蛇から離れる。

 ヒット・アンド・アウェイ。

 相手が一点から動かないと分かっているならば非常に有効な戦術だ。とはいえ、一回一回のヒットが相手に大したダメージを与えられないならば、何度も何度も攻撃し続けることが必要で、そんなことをしていればそのうちアウェイする前に逆にこちらが攻撃を受けてしまう可能性もある。

 あれが本当に海蛇なら、頭部の損傷は致命的だろう。しかしもしタコの足先なら、スピアが刺さった程度ではダメージはたかが知れている。爆破した場合ですら、致命傷にはならないだろう。

 だから今回は、爆破はしない。


 頭部にスピアを突き立てられた海蛇は、痛がる様子も見せずに、立ち去る船に首を伸ばして追撃を加える構えを見せたが、唐突に動きを止めた。

 そう思うか思わないかのうちに、スピアが刺さったあたりからどんどん、青と黒の縞模様が崩れ、赤褐色へと変色していく。それと同時に、ぐにゃぐにゃと海面へ向かって倒れていった。

「足先だけ出して本体は隠れていれば最悪致命傷を負うことはない、と高を括っていたのなら脇が甘いよ。薬物なら足先に打ち込んでも全身に回るし、薬の作用で神経が遮断されれば擬態を続けることもできない。このスピアガンは本来、爆薬ではなく麻酔薬のカートリッジを搭載してUMAを無力化させるためのものなのさ」


 海蛇は盛大な音と水飛沫を立てて、海面へと倒れた。いや、海蛇ではない。最早誰の目にも、それがタコの足であることは明らかだった。

「……死んだの?」

「恐らくね。今回は、いつもと違って希釈していない原液を目一杯入れてある。こんな巨大なタコを相手にしたことはないから、絶対に死んだとは言い切れないが、仮に生きていたとしても当分は動けないはずさ。正体が分かってしまえば、決着は呆気なかったね。まあ向こうは自分の擬態に絶対の自信があったのかもしれないけど、このUMA探偵・有馬勇真の目は誤魔化せないということさ」

「ちょっと前まで見事に誤魔化されてたくせに、よく言うよ」

 有馬は目を逸らした。

「……さて、さっさと次の作業を済ませてしまおうか」

 そう、巨大海蛇ならぬ巨大タコを倒したらそれでお終いではない。まだ、続きがあった。そのために、わざわざダイバースーツを着てきたのだ。

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