第四章:UMA探偵とヒュドラの再現-2
「蛇だろうとそうでなかろうと、あるいは脊椎動物でなかろうと、突然現れたり消えたりするなんてことは有り得ない。現れたなら、それはどこかからそこへ移動してきたか……もしくは最初からそこにいたか、さ」
「何をわけの分からないことを……いくら何でも、最初からそこにいたら気づくって」
「おやおや、君がそんなことを言うのかい?」
有馬は意味ありげに笑うと、矢部達の方を手で指し示した。
「そこにいる君のお仲間達は、自分達のすぐ傍に、スピアガンで人を撃とうとするような危険人物がいることに気づいていなかった。最初からずっとそこにいたにも関わらず、ね。それは、その危険人物が、本当はそうではないのに人畜無害な普通の人間であるかの如く見せかけていたからだ。ものの見事にね」
「……何が言いたい。今更嫌味か?」
「そうじゃあない。そうやって生きてきた君なら、他の誰よりも早く、相手も同じことをやっている可能性に気づいて
相手も同じことをやっている?
文脈から考えると、この場合の相手というのは、あのシーサーペントのことになるのだろうが、海蛇が自分を何かに見せかけたりするか?
いや待て、ついさっき、有馬は言っていたではないか。あれは海蛇ではない、と。つまり、それは……。
「あれは……私達が巨大海蛇だと思っていた何かは、本当は海蛇じゃないのに、自分が海蛇であるかのように見せかけていた?」
そして、それが可能ならば……。
「まさかその前は、海底の一部に……?」
「ご明察だよ」
有馬は、拍手で応えた。
「少し気がつくのが遅かったけどね」
余計な一言を付け加えるのも忘れなかったが。
「周囲の環境に応じて体色を変化させることができる生物としては、カメレオンが有名だが、他にもグリーンアノール、アマガエル、ヒラメなど、複数の生物がこうした能力を持っている。しかしながら、この方面において、群を抜いて優れた能力を持っているのは、イカやタコだ。皮膚にある色素胞を筋肉を使って拡げたり縮めたりすることで体色を変化させるのみならず、体表面の凹凸まで変化させて海底など周囲の環境に溶け込むことができる。また、ゼブラオクトパス、別名ミミックオクトパスと呼ばれるタコは、柔軟性の高い体と長い触腕を変形させることで、
「あの海蛇が、タコ?」
「そう考えると、いろいろと説明がつくのさ。タコの血液は酸素の運搬にヘモグロビンではなくヘモシアニンを使っていて、これは酸素と結合した状態では青、そうでない場合は透明だ。したがって、タコの血は動脈血なら青、静脈血であれば透明となる。だから、撃っても海が血で赤く染まったりはしない。本来単独生活のはずの海蛇が群れで連携して攻撃してくるのは不自然だが、あれらが全て一頭の大ダコの触腕だとすれば、連携するのも当然だ。君も気がついたように、海底に擬態していた触腕を海蛇に擬態し直せば突然海蛇が現れたように見えるし、逆に海蛇に擬態させていた触腕をもう一度海底に擬態させれば突然消えたように見える。加えて、あの攻撃。何か妙だとは思わなかったかい?」
「そういえば、やけに攻撃を外していたような」
最初に現れた海蛇なんて、誰もいない船尾の方を見ていた。
「外すのも当然さ。いくら触腕の先を海蛇の頭に擬態させても、本物の目がそこにできるわけじゃあない。タコ本体は海底にいて、目はそっちにあるんだから、見えるのは船底だけ。船の上のどこに人間がいるのかまでは分からない。だから闇雲に攻撃するしかなかった。もう一つ蛇としておかしな点を挙げるなら、あのシーサーペント、突進してくるだけで、何故か全く咬みつこうとしなかった。蛇の主な攻撃パターンといえば咬みつきと巻きついての締めつけだが、毒蛇は毒に頼りがちなため、毒牙を使っての咬みつき攻撃が基本となる。前にも言ったけど、海蛇は蛇の中でもコブラに近い種類で毒蛇だ。それにも関わらず、あのシーサーペントは咬みつくどころか、口を開けようとすらしなかった。できるわけがないんだよ。だっていくら見た目だけを海蛇の頭っぽく見せかけたって、タコの足先は蛇の口のように開閉したりはできないんだから。それに、あの海蛇達は仲間の頭を目の前で爆破されても平然としていた。ところが、海中で爆発が起こった時……あれは恐らく、外した二発目のスピアが海中でタコの触腕に跳ね飛ばされて岩に激突したとかで起こったのだろうが……ともかく、海中で爆発が起きた時には、急に引き上げていった。あれも、タコの本体は海底にいるのだとすれば説明がつく。海面を隔てた空中で起こった爆発の音や衝撃は海底にはわずかしか届かないし、タコはいざという時は触腕を自切するくらいだから足先を爆破されてもさほど動じなかった。だが、海中に落ちたスピアの爆発は目と鼻の先で起きたため、動揺して海蛇に擬態させていた触腕を引っ込めてしまったんだ」
そう言われると、もう一つ合点がいったことがあった。
「なるほどね、海蛇の目じゃなくてタコの足だったから再生もできたわけか」
ところが有馬は首を左右に振った。
「いや、いくらタコでもあんな短時間での再生は不可能だ。あれは再生したんじゃない。目に擬態させていた部分の皮膚や肉がスピアに削り取られた後、傷口の筋肉を収縮させて肉が露出した部分を隠した。そうしておいて、無傷な部分の皮膚を変色させて目に擬態させ直した。再生したのではなく、目を再現したんだ。だからこそ、あんな短時間でできたのさ」
そう言われてみると、確かに有馬の説明はあれを海蛇と見た場合の疑問点全てに答えている。
「にしてもあんな大きいタコなんて聞いたことないけど」
「確かにあそこまで大型のものはこれまで確認されていないが、前にも言った通り、確認されていないからこそのUMAであるわけだし、大型のタコであるミズダコには9メートルに達するものもある。タコではないが、同じ頭足類のダイオウイカやダイオウホウズキイカは10メートルを超えることもあり、20メートルに達するものもいると推測されている。少なくとも本来1メートル程度しかないエラブウミヘビがあれほど大型化するよりは余程有り得るさ。これは私の推測だが、あのタコは、まだ小さい子ダコだった頃に、毒のあるエラブウミヘビに擬態することで敵を追い払ってきたんじゃないかな。その経験があるから、自分が大きく成長し、エラブウミヘビとしては有り得ないサイズになってもなお、エラブウミヘビへの擬態を採用し続けた」
「カラ サ クー…」
有馬が得意げに説明している最中に、唐突に意味不明な呟きが聞こえてきた。前もそうだったが、言葉自体が意味不明なのに加え、ところどころに変な間を挟むのはいったい何なのだろう。
「まさかそっちだったとは……だが、そこまで大きく成長した例など聞いたことが……いや、そんなことは最早どうでも良い」
ぶつぶつ呟いていたカクコは、顔を上げると、有馬に対してこれまでにない強い口調で厳命した。
「有馬、そいつは、必ず殺せ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます