第四章:UMA探偵とヒュドラの再現-1

 有馬はもうそれ以上、この話題について触れようとせず、仕切り直すように、パンパンと手を打ち鳴らした。

「さて、これでようやく本題に戻れるね」

 随分ずいぶんと強引な話題の切り換え方だったが、それは照れ隠しなのかもしれないな、と私は思った。

 飄々ひょうひょうとした態度からはそうは見えない。けれど、有馬のそんな態度もまた、擬態なのかもしれない。私と同じで、見せかけだ。そして、その下に見えないように隠した本当の姿は、案外、ごくごく普通の人間なのではないだろうか。

 東雲や私を巡る一連のやり取りから、私はそう感じだ。

 しかし、内心でそんなことを考えている素振りは一切見せずに、私は話題の切り換えに乗っかってあげることにした。まあ、ちょっとした恩返し、あるいは借りを返そうというやつである。

「本題?」

「おいおい、私達は何のためにここに来たと思っているんだい?本題と言えば、シーサーペントを何とかする話に決っているじゃあないか」

「何とかするったって、アレ、何頭いるのかも分かんないのに、全部仕留める事なんてできるの?」

 そう尋ねる私に、UMA探偵は驚愕きょうがくの一言を放った。

「いや、あれは、おそらく、一頭しかいない。少なくとも、この入道ヶ湾には」


「は?」

 は?、としか言いようがない。何を言っているのだ、このUMA探偵は。ついさっき、一頭倒してもまた一頭と、次から次へと襲いかかってくる巨大海蛇に苦戦したところではないか。

 そんな私の疑問には無頓着に、有馬は勝手に話を進めた。

「何かおかしいとは、思ってたんだ」

「そりゃあんなでかい海蛇がいるって時点でおかしいけど」

 有馬は首を左右に振った。

「そうじゃない。確かに、あんな巨大なエラブウミヘビは、いや、エラブウミヘビに限らず、あんなに巨大な海蛇がこれまで確認された例は存在しないが、未確認だからこそのUMAだ。単にこれまで発見されてこなかった……いや、伝説に残るシーサーペントがあれと同じものなら、発見されてこなかったというわけでもないが……ともあれ、発見されてこなかっただけで、巨大な海蛇が存在していたってそれ自体は別におかしなことじゃあない。同様に、群れで連携して攻撃してくるというのも蛇の習性としては異例ではあるものの、そういう特殊な進化を遂げた蛇の存在も有り得ないとは言い切れない。……しかしね、あれがどんな特殊な進化を遂げた海蛇だとしてもね、こればかりはおかしいと思わざるを得ない点がある。あのシーサーペント、スピアガンで撃った時に、赤い血がまったく出なかった」

 ハッとした。

 そうだ、有馬が海蛇の頭を吹き飛ばして、顔に飛んできた肉片を拭った時に感じた違和感。その正体が、今、はっきりと自覚できた。

 あの肉片は青白かった。どこにも、赤い血がついていなかったのだ。それに、有馬に頭を吹き飛ばされた海蛇が海へと没していった時も、海が赤い血で染まるようなことはまったくなかった。


「脊椎動物の血液が赤いのは、赤血球中に赤色のヘモグロビンを持ち、このヘモグロビンに結合させるかたちで酸素を運ぶからだ。これは魚類から両生類、爬虫類や鳥類、それに哺乳類に至るまで、脊椎動物に共通する特徴、脊椎動物の基本設計の一つなのだよ。例外として南極海とその周辺に生息するコオリウオはヘモグロビンを持たないため血液が無色だが、これは極低温環境故に酸素が水や血漿に溶けやすいという特殊条件下だから可能なことであり、ここのような温暖な海ではそのような酸素運搬システムは成立し得ない。ここから導き出される結論は一つ。つまり、あのシーサーペントは、体の基本設計からして脊椎動物とは違っている。もっとシンプルに表現するなら、脊椎動物ではない」

「ん?でも、海蛇は、というか海にいようといまいと蛇は脊椎動物ですよね?」

 混乱してきた。海蛇なのに脊椎動物ではないなんてことが有り得るのだろうか?

「もちろん、蛇は脊椎動物だ。蛇に限らず、爬虫類は全て脊椎動物だ」

「ええと、ということは……」

「あのシーサーペントは海蛇じゃあない。蛇じゃないどころか爬虫類ですらないし、魚類や両生類でもない。鳥類や哺乳類でないのは、まあ、言うまでもないことだね」

 あの巨大海蛇が、そもそも海蛇じゃない?

「ストップ、あれはどう見ても蛇にしか見えなかったし、だいたい、あれを見て巨大なエラブウミヘビとか言ったのはあんたじゃん?!蛇じゃないならなんだって言うの?!」

「あれが何か、か。実を言うとね、君が見たと言ったものが、あれの正体に気がつくための大きなヒントになったのさ」

 私が見たもの?

「確か、君はこう言ったね。あのシーサーペントは、何も無い海底に突然現れ、そして突然消えた、と」

 そうだ、思い出した。お前らの血は何色だ、とかそんなことよりも、そっちの方がよほど不可解だ。赤い血が流れていない生き物なら、虫とか他にもいるが、突然現れたり消えたりするなんて、それこそゲームに出てくる召喚獣か何かじゃあるまいし、現実の存在としては有り得ない。あれに有馬はいったいどう説明をつけるつもりなのか。

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