第三章:UMA探偵と人喰いミズコ-6
「いやー、すごいッスねぇ。あの方?どこのどちら様かは知らないッスけどそのためなら命を捨てられるとそんな風にきっぱりと言える対象がいるなんて、羨ましい限りッスよ。その強い意思があれば、確かにどんな拷問にでも耐えられるのかもしれないッスね。……でもね、残念ながらその強い意思も脳の働きによって作り出されたものである以上、脳に作用する薬物を使えば意思自体を薄弱にすることもできるんスよね。理性を保った状態なら意思の力でどんな拷問にも耐えられるかもしれないッスけど、理性を低下させられた状態ならどうッスかね?」
イトウは相変わらずヘラヘラと軽薄な笑みを浮かべている。拷問だの脳に作用する薬物を使って白状させるだのといった怖ろしい言葉と、その表情のギャップが大きい。ついさっき銃で撃たれそうになったばかりだというのに、その恐怖の名残も感じられない。というより、そもそも撃たれそうになったあの時も、イトウは恐怖など感じてはいなかったのではないだろうか。
あの時、私は東雲に蹴られて倒れていたので、イトウの方まで見る余裕は無かったが、そんな気がする。
「さて、どうせ喋るなら、理性を奪われるわ痛い目に合うわなんてことになる前に喋っちゃった方が良いんじゃないッスか?何しろ普通の医療とかでは使えないような強い薬を使うんで、こっちの用が済んだ後も元に戻らずにそのまんま人形同然の廃人になっちゃう場合も多いんスよね。ほら、そうなっちゃったら、あなたも、さっき言ってた、あの方?に償う機会が無くなっちゃって良くないでしょ?何もされてない今のうちに全部喋っちゃうのがお互いにWin-Winってやつッスよ?」
さしもの東雲も、顔色が青くなっていた。恐怖と狼狽で目が泳いでいたが、しかしそれも数秒足らずのことで、ぐっと一度目を瞑り、そして再び開けた時には、顔色は悪いままながらも、意志が戻っていた。
「……え様、お許しを」
そんな呟きが聞こえた次の瞬間、痙攣してガクッと項垂れた。
いつの間にか、有馬の手にテーザーガンが握られており、そこから東雲にワイヤーが延びている。
「何をする、有馬?!」
カクコが、有馬をきっ、と睨みつける。いや、サングラスで目が見えないので、本当に睨みつけたのかは分からないが、しかしあの様子からして多分そうだろう。
「いや、今の様子に、ちょっと不穏なものを感じたのでね。まあ気絶させてしまっては拷問ができないから君達にとっては困るかもしれないが、こちらにもちゃんと理由はあるのさ」
有馬はワイヤーを引き戻してからテーザーガンを仕舞うと、東雲の口をこじ開けて手を突っ込んだ。そうしてしばらく中をまさぐっていたかと思うと、引き抜かれた指先には何かカプセルの様な物が摘まれていた。
「自決用の毒薬といったところかな?手も足も出ない状態で何かをしようとしてるなら、口の中に何かを隠してるんじゃあないかと思ったんだよね。最悪、体内に埋め込んだ爆弾の起爆スイッチとかが仕込まれていて私達を道連れに自爆する可能性もあると思っていたが、そこまでではなかったか。しかし自決用の毒にしたって、そんなものを持っている時点で随分と狂信的なグループに属しているんだろうという点に変わりは無いよね。以前にはUMAを神と崇めたり、逆に悪魔とみなして撲滅しようとしたりするようなカルト教団と対決したこともあるが、そういう連中の仲間かな?」
ここで有馬は言葉を切って、カクコと、そしてイトウを順番に見た。
「しかし彼女が何者であるにしても、このUMA探偵・有馬勇真の前で、拷問だの人一人を廃人にするだのなどという陰惨にして無粋な真似はやめて欲しいものだね。たとえ政府極秘機関の工作員である君達にとってはそれらが日常茶飯事であったとしても、だ」
有馬と他二人の間で火花が飛び散ったような気がした……のも束の間、イトウは先刻と全く変わらない様子でへらりと笑った。
「いやー、そんな怖い顔しないでくださいッスよ、師匠。拷問だの薬で廃人同然だのなんて、全部はったりに決まってるじゃないッスか。実際には拷問なんてできないから、ちょっと脅かして喋らせようとしただけッスよ」
「そのちょっと脅かしただけのことで、こいつは死ぬところだったわけだがな?」
「さすがに自決用の毒を用意してるとかまでは予想できなかったッスねー。師匠のおかげで誰も死なずに済んで良かったッス」
私はなんとなく、この有馬、カクコ、イトウを三人組であるように見做していた。しかし思い出してみると、有馬の言を信じるなら、カクコとイトウは政府極秘機関の工作員(カクコは否定していたが)であるのに対し、有馬は『主に政府極秘機関からの依頼を受けてUMAの捜索、捕獲、場合によっては駆除を行うUMA探偵』という話である。つまり有馬本人はその政府極秘機関とやらに所属しているわけではない。
今の一連のやり取りで、その立場の違いによる溝のようなものが垣間見えた。
ともあれ、東雲が気絶してしまったことで、そちらの状況は一時休止、あるいはこの殺伐とした空気を正確に表現するなら一時休戦となった。
そうなると、私の方も自分の問題についていつまでも先延ばしにしているわけにはいかない。
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