第三章:UMA探偵と人喰いミズコ-4

 何がまさかだ。相手は銃を持っているというのに、挑発し過ぎだ。正体の分からない偽警官となれば尚更だ。

 有馬は呆れ半分焦り半分で、イトウを救うにはどう動けば良いかを考えた。


 今、銃はこちらを向いていない。この隙に足元のテーザーガンを取り、撃つことは可能か。

 勝算は低いと言わざるを得ない。

 確かに銃口は今やまっすぐこちらを向いているわけではない。とはいえ、別に百八十度反対側を向いているというわけでもないのだ。角度で言えば、せいぜい四十五度かそこらずれているだけだろう。こちらがテーザーガンを拾って構えるよりも、相手が銃をこちらに向け直して撃つ方がまず間違いなく早い。


 イトウと東雲の間、イトウ寄りの位置に、資料を広げていた机がある。とりあえずその下にでも隠れるよう指示を出すのはどうか。

 隠し持ちやすいようにという選択なのだろうが、東雲の拳銃が護身用の小型のものであることを考えると、貫通力は恐らく高くない。そして、さほど厚くないとはいえ、机は金属製だ。机の下に隠れたイトウは東雲から撃ち難くなり、それでも尚撃とうとして屈んだりすれば、その隙にこちらがテーザーガンを拾える可能性も高まる。

 悪い作戦ではない。

 がしかし、一つ大きな問題がある。

 イトウに向けて机の下に隠れろなどと指示を出せば当然の如く東雲にも聞こえてしまうわけで、そうなった場合、イトウよりも東雲の方が素早く反応する可能性がある。

 可能性があるというよりは、可能性が高い。可能性が高いというよりはもうむしろ、ほとんどその可能性しかない。

 イトウのことだから十中八九ぼんやりと突っ立ったままで、東雲の方が『標的が隠れる前に撃つしかない』と判断することで、逆にイトウの射殺を誘発してしまいかねないのだ。

 何か東雲には気づかれないようなハンドサインの類を事前に決めてあればそれで指示を出すとかもできるのだが、残念ながらそんなものは決めていない。

 そんな風に有馬が逡巡しゅんじゅんしている間に、黒い影がイトウを押し退けてずいっと前に出た。

 文字通り黒いその姿。カクコだ。


「今の話……」

「な、何だ、お前。動くな」

 全身黒尽くめで顔まで隠しているカクコには、さすがの東雲も不気味なものを感じているのか、銃を構えたまま一歩後退した。カクコの方は、しかし逆に前へと踏み出す。

「今の話、実に興味深い。詳しく聞かせてもらおうか!」

 その言葉と同時に、机が東雲に向かって凄まじい勢いで飛んだ。机自体の陰になって見えなかったが、どうやらカクコが下面から蹴り飛ばしたようだ。

 東雲は一瞬発砲しようとしたものの、自分の拳銃では机を貫通させてカクコを仕留めるのは困難で、むしろ跳弾の危険性があると判断したのか、すぐに回避行動へ移った。

 その動きもけっして遅くはなかったはずだが、避けようとした先には既にカクコが先回りしていた。

「なっ……?!」

 驚いた東雲は思わずそこで足を止めてしまい、その結果として、飛んできた机を回避しきれず、激突されることとなった。その衝撃で拳銃を取り落としたところを、すかさずカクコに蹴り倒され、取り押さえられた。

 その一連の動作を、有馬は半ば呆然としながら見ていた。

 何だ、今の動きは?人間にあんな動きが可能なのか?

 カクコについて、人体改造を施した半UMA化人間だとルル達に言った時、有馬は完全に冗談のつもりだった。だが、今のあれを見ると、まさか……。いや、B級バイオホラーでもあるまいに、そんなことが現実にあるわけはない。


「何をしている、有馬?さっさとさっき言っていたUMA捕縛用のロープとやらを持って来い」

 カクコに声をかけられてようやく有馬は我に返った。

「あ、ああ、そうだな」

 そして、短時間のうちにすっかり様変わりしてしまったテント内を見回して、ロープを収納してあるトランクを見つけ、取りに行こうと一歩踏み出した時、いつの間にかルルが両手をついて上半身を起こしていることに気がついた。

 しまった、まだこっちがいたか。

「視線……視線が……」

 そうつぶいている当人の視線は地面を彷徨さまよっている。スピアガンは東雲に蹴り飛ばされたせいで手の届く範囲にはない。しかし、その東雲が落とした拳銃はすぐ傍に転がっていた。

 まずい。

 テーザーガンを拾い上げて撃つか?それよりも拳銃を奪取した方が早いか?いや、それよりも……。


 有馬は咄嗟とっさの判断で上着を脱ぐと、それをルルに頭から被せて顔を隠し、そして声をかけた。

「大丈夫だ。お前は今、誰にも見えていない」

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