第三章:UMA探偵と人喰いミズコ-3

 何だ?何が起こった?

 その疑問には、すぐに答えが与えられた。

「全員、手を挙げてもらおうか?UMA探偵、お前がこっそり武器を構えてるのは分かってるぞ。それを捨ててお前もさっさと手を挙げろ」

 

 この声は……。


 有馬はテーザーガンから手を放し、命令通りに手を挙げてからそろりそろりと振り返った。

「形勢逆転だな、UMA探偵?」

 勝ち誇った様な笑顔でこちらに銃を向ける東雲の声からは、嗜虐しぎゃく的な喜びが滲み出ていた。

 東雲が構えている銃は先程までルルが手にしていたスピアガンではなく、拳銃だ。恐らく、東雲自身が隠し持っていたものだろう。

 単に使い慣れた武器を選んだだけかもしれないが、正しい判断だ。スピアガンはあと二発しか撃てないし、それより何より、あの様な爆発を引き起こす武器は狭いテント内で使うには不向きだ。下手をすると自分が巻き込まれる恐れがある。

 スピアガンの方は東雲の足元に落ちていて、そのすぐ傍ではルルが腹を押さえて倒れていた。呼吸は荒く、口のまわりは吐き戻した胃液らしきもので汚れている。それでも凄まじい形相ぎょうそうで目をき、地面に落ちたスピアガンに手を伸ばそうとしたが、東雲はすかさずスピアガンを蹴り飛ばし、ついでにルルにも蹴りを入れた。その間も、こちらから目は逸らさない。

 やはり、こいつの戦闘技術はかなり高い。

 イトウが一瞬で昏倒させられた時に、有馬はそのことに気がついていた。イトウ自身の弱さを差し引いたとしても、あの時の手並みは素人では有り得なかった。だからこそ、いきなりテーザーガンで無力化させるなどという、普段ならまずしないような手段に打って出たのだ。


「助けてくれた、ってわけじゃなさそうだな?そういえばお前は縛っておいたはずだが、どうやって抜け出した?」

 ひとまずルルにスピアガンで撃たれる危険は去ったが、今度こそ一難去ってまた一難だ。

「はは、どうした、UMA探偵?さっきから最初の芝居がかった喋り方が崩れてるぞ?まあ、不快だったからこっちとしては良いがな」

 言われて初めて、有馬は自分が素の口調に戻ってしまっていることに気がついた。

 いつからだっただろう。

 ルルがスピアガンを向けて来た時か、それとも、シーサーペントが予想外にも群れで攻撃してきた時からだろうか?

「やれやれ、この程度のことで余裕を失ってしまうとは、俺も、いや、私もまだまだ修行不足なようだね。こんなことでは、前任のUMA探偵に笑われてしまうな」

 有馬は苦笑したが、そんな有馬を、東雲は嘲笑った。

「今更余裕ぶっても、お前達が余裕の無い状況にあることに変わりは無いぞ?」

「まったくね、こんなことだったら、ケチって荷造り用のビニール紐なんかを使うんじゃなく、ちゃんとUMA捕縛用の丈夫なロープを使うんだったよ。よく見ると、手首のところが火傷みたいになってるね。紐を焼き切ったってわけかい?」

「ああ、さっきそこのバカ女が起こした爆発で火のついた何かの破片が飛んで来たんで、それに手首を縛っていた紐を押し付けてね」

 東雲は倒れたままのルルをちらりと見下ろした。

「そいつがお前達全員の注意を引きつけてくれていたおかげで、誰にも気づかれずに無事紐を焼き切って抜け出せたってわけだ」

「火が手に入ったのも、その火を使って紐を焼き切ったことに気づかれなかったのもそこで倒れてる彼女のおかげってわけだね。そのわりには随分と扱いが酷いじゃないか」

「私は、こういう他人の目を気にして偽りの自分を作り、周りの目を誤魔化そうとする奴が嫌いなんだよ」

 そこまで言ってから、東雲はどこか遠くを見る様な目をした。

「……真に志のある者は、周りからどう見られようと、自分を貫くものだ」

 その表情は、先程までの嘲笑が滲み出るものとは異なり、真剣なものだった。がしかし、そこで今度は別の方向から笑い声が聞こえてきた。


「あっはははは、あなたがそれを言うッスか?周りの目を誤魔化して、警官のふりをしてるあなたが?」

「なっ、何を言うか貴様?!」

 東雲は目に見えて狼狽うろたえた。イトウの言葉がブラフだったとしても、これでは答えは既に出たも同然だった。戦闘技術は高くても、嘘を吐くのは苦手らしい。

 思えば、犯罪者でもない、少なくとも、東雲から見て犯罪者という根拠があるわけでもないイトウに即座に暴力を奮ったり、軽々しく銃を向けたりと、警官としては問題のある行動が最初から多かった。

 単に問題のある警官なのかと思っていたが、そもそも偽警官だったらしい。


「ふふふ、僕を腕っ節だけの筋肉バカだと思ってたッスか?こう見えて僕はスーパーハッカーなんスよ。県警のデータベースに侵入して、東雲真理なんて警官が実在するのか調べるのなんて楽勝でした。今風の言葉で言えば、お茶の子さいさいってやつッスね」

 イトウは得意気に滔々とうとうと語り出した。

「いや、お前腕っ節は全然ダメだったじゃないか……」

「最初に、僕を一瞬で倒したのが、いや、あれはもちろん、倒されたふりッスが、まずかったッスね?あの時、僕はあなたが本当に警官なのか疑いを持ったんスよ。僕がただの警官なんかにやられるはずがないッスからね。あ、いや、本当はやられてはいないッスけど」

「確かに私はそこらの警官より強い自信はあるが……普通の警官でもお前くらいならすぐ倒せると思うぞ……」

 狼狽うろたえつつもいちいちツッコミを入れるあたり、東雲も律儀りちぎである。

「ま、とにかく、表面だけ変えて偽りの自分を作り、周りの目を誤魔化そうとしているのはあなたも同じってことッスよ」

 その指摘は、東雲の逆鱗げきりんに触れたらしい。

大概たいがいにしておけよ貴様!保身や私利私欲のために行動している様な奴らといっしょにするな!お前達には理解などできないだろうが、私は、我々は、人類を待ち受ける滅亡から救うためにっ」

 そう叫ぶと、それまで有馬の方に向けていた銃をイトウの方へ向け直した。

 イトウが目を見開く。

「まさか……」

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